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“海へ”


 君が突然、海へ行こうと言うから私はとてつもなく渋い顔を作って立ち止まってやった。君はそれも想定していたのだろう。立ち止まった私の二歩くらい前からヘラヘラした顔で振り向いた。

 「いいだろ、行こうぜ。最後の夏なんだから」
 「……最後かどうか、まだわからないだろ」

 誰かさんが受験に失敗するかもしれないからな、と思ってもない憎まれ口を叩く私を見て、やっぱり彼はヘラヘラ笑って髪をかきあげた。
 よく晴れた真夏の太陽の光を浴びて、彼のご自慢の金髪がキラキラと輝いている。中学卒業と同時に黒髪って似合わないんだよねオレ、なんてドラッグストアで買ったらしいブリーチ剤で脱色したっきりずっと金髪だったその髪もきっとそろそろ黒く染めてしまうのだろう。
 もしかしたらもう金髪の彼は見納めなのかもしれない。一足先に推薦で進路の決まった私と違い、彼はこれから暫く試験勉強だったり面接だったりときっと忙しくなる。そして受験が終われば卒業がやってきて、私と彼は離れ離れになる。

 「最後じゃなくてもさ、今お前と海がみてぇの」

 いいだろ、私が断るなんて微塵も思ってないって顔をした彼が自転車にまたがった。夏の生温い風に、金髪が揺れている。大学に行ったら、彼はまた髪を染めるのだろうか。もう、会えなくなるんだろうか。
 私が後ろに乗ることを少しも疑っていないどっしり構えた広い背中が無性にムカついた。

 「仕方ないから、付き合ってあげる」
 「最初っから断るつもりなかったくせに」


8/23/2024, 12:07:13 PM