眩しくて
恋ってすごく素敵なんですよ。そう秘密をそっと打ち明けるみたいに囁いた少女はウエディンググローブをした細い人差し指で僕の眉間を軽く押す。なんとなくばつが悪くて目を泳がすと彼女のむき出しの肩越しに、白いタキシードを着た男と目があった。
なんとも複雑なその顔に、恋なんていうものに振り回される人生はごめんだな、と心の中でそっと呟く。まあ、僕は人間じゃないから"人"生ではないし恋なんて感情は持ち合わせていないけれど。
ほら、後ろの男が焦れているぞと視線で訴えてやれば彼女はあらあらと口許に手を当てて笑った。
「恋をするとね、相手のことがすごく眩しく感じるの。眩しくって見ていられなくて、でも凄く見つめていたくなるのよ」
「面倒だね、その恋ってやつは」
「そうなの、面倒だけどとても素敵よ」
白いドレスをふわりと浮かせて振り向く彼女は、愛する男を見つけたとたんに眩しいものを見るように目を細めた。春の穏やかな日だまりを眺める様な、そんな優しくて温かい目が、ふと脳裏に浮かんで瞬きをする。
「……なに?」
「いや、なんも?」
少女の声とは似ても似つかない、感情の薄い少年の声に我に帰る。ここは、春の教会の華やかさとはかけはなれた冬の民家の居間で、ここには僕と少年の二人しかいない。分厚い雲に覆われて雪を降らす空はそもそも夜で。なんであの時のことを思い出したんだっけ。
「ねえ、眉間にシワよってるよ。」
ぶっきらぼうに囁いた少年が、ウエディンググローブでもつけてるのかと見紛うほどの白い指で眉間を指差した。嫌なことでも思い出したの?無表情ではあるけれど、長い付き合いだからわかるほんの少しの心配がのった目が上目使いでこちらを見る。
その瞳に映る僕は、あの時のあの少女と同じ目をしていた。
「……ちょっと眩しかっただけ」
は?眩しい?目の病気なんじゃないの?神様なのに。とたんに呆れた顔をしてそっぽを向いた彼の横顔から目が離せなくなる。眩しくて見ていられなくってでも見ていたくって……。いつか、あなたもそんな恋ができると良いわね。死ぬ間際に、やっぱり秘密を打ち明けるみたいに笑って言われた言葉が、どこからか聴こえてきた気がした。
7/31/2025, 12:18:31 PM