たかなめんたい

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『ないものねだり』
自分はいろいろと持っている方の人間なんだと思う。たぶん。

五体満足で、雨風をしのげる屋根があり、毎月決まった日に口座へ振り込まれる給料がある。冷蔵庫を開ければ数日分の食料が冷えていて、気兼ねなく話が出来る程度の友人もいる。世間の物差しで測れば、間違いなく「満たされている」側の枠組みに収まるはずだ。

それなのに、街ですれ違う人々の横顔がやけに眩しく見える瞬間がある。

駅前のロータリーで、アコースティックギターを抱えて声を張り上げる青年のひりつくような焦燥。ベビーカーを押しながら、スーパーの特売品について真剣に言い合う若い夫婦の生活の匂い。あるいは、深夜のコンビニで缶コーヒーを握りしめ、どこか遠くを見つめている作業着の男の丸めた背中。

彼らが抱えているであろう不確実な未来や、手触りのある切実さが、ひどく魅力的なものに思えてしまうのだ。安定という名の平熱の日常に浸かりきった私の皮膚は、いつの間にかひどく感覚を鈍らせてしまったらしい。

手の中にある確かなものを数えるより、指の隙間からこぼれ落ちていった無数の「もしも」や、最初から選ぶことすらできなかった「別の人生」ばかりを目で追っている。自分の生きる安全なショーケースの外側に広がる、泥臭くて生々しい欠落に、どうしようもなく惹かれている自分がいる。

何ひとつ不自由のない静かなこの部屋で、私は今日も、喉の渇きによく似た空虚を持て余している。出ようと思えば、いつだって出られるのに。

3/27/2026, 9:42:04 AM