NoName

Open App

 その人のところに行くのは、少し憂鬱だった。仕事で時々訪ねていくと、大きな体を机からはみ出させるように座っている。怒っているというわけではないけれど、無愛想な感じだった。
 
 ある時、その人が机の引き出しを開けると、奥のほうに小さい箱が見えた。小花が描かれた紙の箱だ。ほかの持ち物とは明らかに違う。何だろう。気になったけれど、気軽に聞く雰囲気ではない。その人の前では、緊張してしまうのだ。

 別の日に訪ねると、その人は引き出しを開けたまま作業をしていた。あの箱が見える。「あ、来たね」。珍しく顔をこちらに向けてくれる。その日は、話せるような気がした。

 「あの、その箱…」。「あ、これ?」。奥からそっと出して箱を開けてくれた。飴が入っていた。「もしかして、似合わないとか思ってる? この席に前いた人が置いていったの。飴が入っていたから、継ぎ足して使ってる」。笑顔でそう言うと、一つ出して手に乗せてくれた。
 もらった飴は、黒糖味ですごく甘かった。その人の知らなかった顔を見たようで、少しうれしかった。


「秘密の箱」

10/25/2025, 7:11:41 AM