『傘の中の秘密』
“夜目遠目笠の内”という言葉がある。
夜の暗がりで見たとき、遠くから見たとき、笠を被って顔が部分的にしか見えていないとき。
そんな状態で見ると人は想像力を働かせ、実際よりも美しく見えるという意味の言葉だ。
この笠は、昔の人が旅や外出時に被っていた菅笠(すげがさ)のことだろう。
今でも花笠音頭や阿波踊りなどで見ることができる、アレだ。
現代では日常的に被ることがなくなったから、雨の時にさす傘と混同しても意味は通る。
これからの時期は雨が多くなり、傘をさしている人とすれ違うことも増えるが、さて。
そのときあなたは相手の顔を覗き込むだろうか?
とてもじゃないが、私は恐ろしくてそんなことはできない。
だって私は見たことがあるのだ。
ふとすれ違った人の、ぬめぬめとした、瞼のない――
だから私は覗き込まない。決して。
6/3/2025, 9:29:44 AM