夢を見た。
どういうわけか私は海を揺蕩っていて、肺には空気の代わりにいっぱいの海水が溜まっていた。
不思議と驚きや恐怖はなかった。私は深い深い奥まで沈み、やがて底に小さな栓を見つけた。
「あけてみましょ」と魚がささやく。
風呂の底にあるゴム栓に似たそれを、私はそっと開け放った。その瞬間、耳元の魚は底の穴に吸い込まれて消えていった。魚だけじゃない。その上を泳いでいた小さな魚も、大きな魚も、藻も生き物もポイ捨てされたゴミも全部全部、海水と一緒にその穴に吸い込まれて消えてしまった。
私のせいで出来た途方もないほどの荒地に佇みながら、私は愉快でたまらなかった。頑張って作ったおもちゃの積み木を壊すような、ささやかな背徳感。責任の伴わない罪。だってこれは夢だから、所詮は空想であるのだから!
私は風に飛ばされ空を飛んだ。
やがて海に沿って作られた沢山のビルが見えてくる。空の色はめちゃくちゃで、昼か夜かも分からない。どちらにせよ、既に人間の社会に昼夜の区別は存在しなかった。
「ひっくりかえしましょう」そう鳥がささやいた。
私は迷いなく、頭を軽くかたむけた。見える景色が変わらない、でもそれはおかしい! 頭と一緒にかたむいた世界で、かたむいた人々がずるずると不可視の力に引きずり回されている。縦長に建てられた人口過密の象徴が根元から折れ、ガラスが割れる音が甲高く響く。
私は半ば狂乱に陥りながら、首を更に90°曲げようと四苦八苦する。ひっくり返せと鳥がささやいている。ささやく声はどんどん増えて、呟くような声は次第に喧騒へと変わっていった。
ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!ひっくり返せ!
…気がつくと、私は布団の下で目を覚ました。
耳元で喧しく鳴る目覚まし時計を止め、寝違えて痛い首をさすりながら、私は洗面台に向かった。
4/22/2025, 8:08:02 AM