ブラックネック

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いま思えば、俺は誰かに対して、
真に心を開いたことはなかったように思う。

生きていくなかで、勤労は生活費を稼ぐためにやらなくてはならないことであるし、
独りで勤労するということはほぼ不可能だ。
否が応でも、俺以外の誰かとコミュニケーションを取らざるを得ない。

コミュニケーションが苦手、というわけではない。むしろそういった仕事をする上でのコミュニケーションは、俺は得意な方だった。
『相手が思っているであろう自分』を
把握してさえいれば、それを演じるだけで、
実に円滑にことは進む。

しかし、それはあくまで、
きらびやかな服を着て、
髪を整えて、高い時計をつけて、
身長を高くするような靴を履いて、
そんな努力や投資の上で成り立っている
『俺』でしかないのだ。

人間は、3つの『自分』があると
昔、何かの本で書いていた。

一つ目が、自分が知っている自分。
二つ目が、他人が知っている自分。
三つ目が、本当の自分。

俺は、他人に対して二つ目の自分しか
出してこなかった。


こんな俺でも、誰かに好意を抱いたことはある。
小さくてかわいらしい、
おとなしそうに見える同い年の、
16歳の女の子だった。
俺は、周りから好かれている方で、
仮にその子に告白を断られたとしても、
自分が傷つくことはないと思っていた。

しかし、体育館裏にその女の子を呼び出して
「好きです」と告白したとき、言われたことは今も忘れられない。
「貴方が何者なのか、わからなくて怖いから、ごめんなさい」
去っていくその子を、呼び止める勇気もなかった。
彼女は見透かしていたのだ。
僕の正体を。

5/10/2026, 9:39:22 AM