薄墨

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傷が残ればよかったのに。
私の腕についた細い引っ掻き傷のような切り傷は、数日で塞がってしまった。

現実の傷のように、今の心の傷も、痛みも、いつか塞がってしまうのだろうか。
何も知らなかったあの頃のように、綺麗に継ぎ目も切れ目もなくなった腕を、恐ろしい思いで見つめる。

若いっていうのは、お前たちが思ってる以上に貴重だぞ。お前らくらいに若いと、筋肉痛だろうが怪我だろうがすぐに綺麗に治っちまうからな。もうおいぼれは羨ましいわ。
いつか、部活の、先生方よりちょっとお年を召したガラガラ声の外部コーチが、がなるように話していた内容を思い出す。

若くなければよかった。
ベッドの中で目が覚めると、何度もそう思う。
けれど、朝はいつも通り、何事もなかったかのように爽やかにやってきて、小鳥は軽やかに囀っている。

世界は、あの人がいてもいなくても、いつものように、異常なく回っている。
私の唯一の親友が、いてもいなくても。
そんな私を受け入れてくれたあの人たちがいてもいなくても。
毎日、平和な朝はやってきて、自動車は整備された車道を走って、私の体は痛みを修復しながら、毎日お腹を空かせる。

あの人は、悪い人だった。
それは今、正常に回っている世間の法律に当て嵌めれば、ということだけど。
自分とその周りの人のために何かを成し得ようと足掻き、他の人に無断で、今ある平和とみんなで決めたルールを覆そうと画策するあの人はやっぱり悪い人だった。

あの人は何も持たざる人だった。
なんども理不尽に晒されて、庇護してくれる人も物もなく、そのために泣くことも許されず、自分で、いつ崩れるともしれない居場所をやっとの思いで作り上げてきた、そういう人だった。
あの人の周りにも持たざる人はたくさんいて、両親の保護下で、教師の傘下で、ぬくぬくと苦労して生きてきた私は、自分の世間知らずさを恥じた。

あの日、あの寒い夜、平和ボケした思春期によくある、大人との進路の意識の違い、なんていうあまりにも子どもすぎる理由で、家出した私に、あの人は声をかけてくれたのだ。
そして、夜も短くなってきた春のように暖かいあの日、私はあの人と、あの人たちを見限った。

あの人は自分たちを「世直し集団」だと言った。
私はその中で、理不尽や大人へのがむしゃらな反骨という甘い汁だけを吸って、あの人たちが看過できない犯罪へ走っていく手前で、逃げた。

あの人は私と同い年だった。
けれど、あの人たちは、私より大人で、子どもだった。
そして、私はあの人たちよりずっと大人だった。

何も持たず、誰にも頼らず、しかし、正論が最後に勝つと信じていたあの人たち。
悪いことも正しい主張のためにやれば正しい、そしてそれを訴えれば必ずわかってもらえる、と思っていたあの人たちは、確かに子どもだった。

一方、教育を存分に受け、他の人間と関係を築き、目上の大人に抑圧される経験を持つ私には、理解できた。
このままここにいれば、何にもない子どものままで、とんでもない間違いを犯してしまうことを。
この平和な世では、私たちを守るルールを破り、法に触れたら最後、どれだけ正しい主張があっても、たいていは打ち消されてしまうことを。

だから私は賢く選択した。
悪賢く、無慈悲に、大人のような理不尽さで。

裏切った後のあの苦さと痛みは恐ろしいものだった。
集まりを抜けたあと、振り切るように無我夢中で走って、途中で枝に引っかけた腕の傷がズキズキと痛んだ。
ただ引っかけただけのはずの傷が、いつもよりずっと痛かった。
正体不明の苦さが、胸を詰まらせた。

私を受け入れてくれたあの人たちを、理不尽に耐えてきたあの人たちを見捨てた罪悪感は、痛みとなって私を襲った。

それでいいと思った。
それで死んでしまってもいい、と。
それが正しいと思った。
この痛みを抱えていくべきだと思った。1000年先までも。
この痛みは私に残らなくてはいけない。それが罰だ。そう思った。

しかし、腕の傷は、いつの間にか痛みが和らぎ、今ではもう塞がってしまった。
1000年先どころか、たった数日で。

心の痛みはまだある。
胸の苦さも。
しかし、あの時と同じ痛みかと問われれば、私は頷くことができない。
あの日感じたほど、激しく酷いものかと問われれば。
そうでもないかもしれない、と理性が囁く。

痛みが1000年先もあればいいのに、私は思う。
この、私が醜く酷い人間であるという証拠の痛みは、1000年先もあらねばならないのに。

私はもうそれを忘れかけているかもしれない。
それが一番、怖かった。

2/4/2026, 7:59:26 AM