望月

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《安心と不安》

 勇者、というのは、人々に安心を齎す存在だ。
 たとえばその世界に仇なす魔王を倒し得る者。
 だが、魔王がいなくなれば不安を齎す存在だ。
 それはひとえに、持つ力の大きさが故だろう。
 やるやらないではなく、できるかできないか。
 力を有するというだけで、畏怖に値するのだ。
 持たざる者からすれば、当然の思考であろう。
 それでも、勇者は人々の為に魔王を倒すのだ。
 これ以上苦しめられぬようにと、願いながら。
 但し、勇者に選ばれた者であっても心は弱い。
 それ故に、魔王を倒した勇者は居場所を作る。
 己の心を守る為に、誰もが守られる国を作る。
 その後に、彼らは呼ばれるようになっていく。
 勇者ではなく、堕ちた存在、それ即ち魔王と。
 安心を与えていた者が、不安を与える者へと。
 皮肉にも、堕ちずとも同じ道を辿ってしまう。
 それが勇者という、悲しい生き方なのだろう。
 正反対の感情を世界に与える、それが勇者だ。
 相反する二つの感情は、表裏一体かも知れぬ。
 かつての勇者と今の魔王がそうであるように。

1/25/2024, 3:40:01 PM