池上さゆり

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 荒んだ心ほど、人の優しさが染み渡るものはない。大丈夫かと聞かれるだけで。泣いているところを慰めてくれるだけで。私のわがままを叶えてくれるだけで。
 そんな人が現れてくれたらいいのにとずっと願っていた。
 そして、その相手が先生だった。私の家庭事情を知った上で、傷が増えるたびに手当をして、心配してくれた。その優しさが嬉しくて。でも、怖くて。
 ある日の放課後。私が帰るのを嫌がって、下校時刻を過ぎてまで教室に残っていたとき、先生が言ってくれた。
「君を助けたい。どうしたら、君は楽になれる?」
 本当に? 本当に助けてくれるの? なんでもしてくれるの? 何度確認しても先生は頷いてくれた。
 だから、一緒に私の家まで帰った。お酒の空き缶が転がっているリビングで母は大きないびきをかきながら眠っていた。ちょうど、キッチンに置かれていた空き瓶を先生の手に渡す。
「お願い、私を助けてくれるんでしょ」
「だけど、もっと他に方法が……。ほら、警察に相談するとかさ」
 先生の手を握って涙を流す。
「お願い、先生と離れたくないの」
 その言葉で、先生は私の願い事を叶えてくれた。リビングに広がる血溜まりを見て、嬉しくなった。はずなのに、なにかが、足りない。
「これで、一緒にいてくれるんだよね」
 力強く抱きしめられる。嬉しいはずなのに、私はそれを拒んだ。
 やめて、優しくしないで。
 先生、これ以上優しくされちゃったら、私。
 私のことを捨てたお父さんも。助けてくれなかったおじいちゃん、おばあちゃんのことも。見て見ぬ振りしてきた先生たちのことも。
 みんなみんな、お願いしたくなっちゃう。

5/2/2023, 11:29:54 AM