紅子

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『宝物』




今日、私は決意した。


今まで集めてきたこの同人誌と単行本に別れを告げる事を。


「あかつき先生の…いや、でも、捨てるしかないんだ!」


高校生の頃からファンのあかつき先生の同人誌を涙しながら平積みし、ビニール紐でしばる。



中学生の頃に友達にBL漫画を読ませてもらってハマってしまった沼。


以降、イベントで同人誌を購入したり、本屋で好みの商業誌を物色したり、少しずつ集めてきた。

どの本も大切な一冊であり、宝物だ。


部屋の3分の2を支配するBL漫画達…至福…。


でもこのままじゃダメなのだ。

一般的にこの趣味は受け入れられ難い事は知っている。

だから社会人になってから一般女性の姿形を模倣し、腐女子を隠しつつ会社の中でも過ごしてきた。


このままこっそりひっそり、BL漫画と共に歳を重ねていけばいいと考えていた。


でも出会ってしまったのだ…。


「あ、こんにちは!佐々さん。」

まずは第一弾としばった本を両手に持ち近所のゴミ収集場所へ向かっていると声をかけられた。

「ひ、平岩さん!」

私がBL漫画達とお別れすることを決意した理由の男性。

「佐々さん、この辺りに住まわれているんですね。」

1年前、転職してウチの会社にやってきた平岩さん。

いつも人当たりがよく、物事にもよく気づく彼は仕事も出来て、あっという間に会社に馴染んだ。

会社で一人になりがちな私にも声をかけてくれる。

そんな彼に好意を持つのに時間はかからなかった。

そしてなぜか全く疑問で仕方がないのだけれど、平岩さんに「付き合ってもらえませんか?」と数ヶ月前に言われたばかり。

嬉しくて発狂ものだったが、付き合い始めて1か月後、「今度お家にお邪魔してもいいですか?」の言葉に心臓が凍りつきそうになった。

ウチには私にとっては宝物だが、一般的には受けが悪いであろう漫画たちがいる。

家へお招きする為に、そしてやましい気持ちなく彼とお付き合いする為に私は決意した訳だ。


「佐々さん、その本って…。」

ヤバい!バレる!!

平岩さんに手元の本を指さされて、私は慌てて自分の背後に本を隠す。

「こ、これはですね、処分しようと思って。」

「捨てちゃうんですか、僕の描いた本…。」



「……。」

一瞬何を言われているのか理解が出来なかった。


「それ、僕の描いた漫画です。正確には姉が原作で、絵を描かされていて…。」



「えっ!?ひ、ひら、平岩さん、あか、あかつき先生…えっ?えっと…エエッ!?」

平岩さんと手に持っているしばられた本たちを交互に見ながら私は叫ぶ。

「イベントブースには姉が出ていて、僕は時々客側として、こっそり売れ行き見に行ってたりしてたんですけど…転職した会社で新刊出す度に購入してくれていた人がいて驚きました。」

「し、知ってらっしゃった!?」

黒歴史を抹消しようと試みていたのに、すでに知られていたとは…。

「一度、姉に『あかつき先生の漫画は私の宝物です!』って言ってる佐々さんを見たことがあって、すごく嬉しくて…。」

照れた様に笑う平岩さんを呆然と見つめる。

「でも本…捨てちゃうって事はもう宝物じゃなくなりました?」

眉を下げ、少し悲しそうな表情で平岩さんが聞いてくる。

「ち、違うんです!これは一般市民の平岩さんに知られてはいけないと思ってっ!捨てません!ずっとずっと私の宝物です!!」

「一般市民って…。」

クツクツと笑いながら平岩さんが私の言葉に反応する。

「大丈夫です。姉のおかげで一般市民より知識と理解はあると思います。佐々さんのその趣味含めて僕が好きになった佐々さんです。」

平岩さんがニコリと微笑んで言った。



その後、私の部屋には刷り上がったばかりのあかつき先生の同人誌が並べられるようになった。

11/21/2023, 7:02:12 AM