【胸の鼓動】
『あの桜が散った時、私は死ぬのね。』
『検査入院で死ぬのは初耳ですね。』
一度は言ってみたいセリフを言ったのに、ムードもへったくれもない彼が隣にいるおかげでぶち壊しだ。
『それと今は秋です。言うなればこの紅葉が散る頃に、、の方がよろしいかと。』
『、、うるさいわね。私は貴方を執事にした覚えはないわ。早く出て行きないよ。』
先日、軽い喘息の発作が起き、心配性な両親によって私は病院へ運ばれた。
ただの検査入院程度でVIP室を使うのだから、過保護にも程がある。
某有名ファッション会社の令嬢。
それが私の肩書きであり、これから背負うものでもある。
堅苦しい。そんなものにワクワクしない。
何者も寄せ付けない私に困り果てた両親が紹介したのが、同年代くらいの執事だった。
彼は眠らない街、歌舞伎町の出身で元は父のボディガードをしていたらしい。
父の盾が突然私の側使いになったのだから、大出世と言ってもいい。
『たとえば、私を狙う者が今ここに来たとして、貴方はどう対処するの?私を置いて逃げる?戦う?それとも成すすべなく死ぬのかしら?』
冷たい、そう言われた瞳を彼に向ける。
彼は物怖じせずに私の瞳を見つめ返し、口をゆっくり開いた。
『勝ち目が見えないならば、逃げます。もちろん、お嬢様を連れて。』
嘘くさい。
『ふん。そんなこと易々と信用できると思って?父が認めても私は貴方を執事だとは思わないわ。』
『構いませんよ。今は私を、ただの同年代のお友達だと思ってください。』
彼はそう言いながら手袋を外した。
そして後ろにまとめていた黒髪を解き、髪をかきあげる。
『はぁ、、堅苦しかったんだよなぁ。この格好も。あー、、ダリィわ。』
ボサボサの髪、ネクタイを緩めた執事服、第一ボタンが空いた服。
だらしなく見えるのに、彼の顔が良すぎるせいで様になってしまっている。
『、、貴方、変わってるわ。』
『よく言われるよ。ね、どっか出かけない?友達同士の外出なら文句ないだろ。それに、こんなとこいてもどうせ誰も来ないんだし。』
彼が私の手を取る。
私は腕に取り付けられていた点滴をぶっちぎり、入院着を脱いだ。
『ええ。行きましょう。』
彼はニッと笑った。
小さく燃えていた私の鼓動が、大きく波打った。
9/8/2024, 11:01:59 AM