@aymnrtsk

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#今日の心模様

「――次は予報です」
 カーラジオをそのFM局にチューニングしたのは、全くの偶然だった。
「今日の心模様をお知らせします――」
 このラジオ局はへんなことを言うなあ、と思いながら、私はハンドルを切った。
「概ね晴れ、夜遅くは場合により雷雨となるでしょう。夜分のお出掛けには十分ご注意下さい」
 落ち着いた声のその女性アナウンサーが続けたのは、ごく普通の天気予報のようだった。「空模様」の聞き間違いだったのかな。それにしてはやけにはっきりと「心模様」と聞こえたような気がしたけれども。それに、天気予報アプリでは雷雨の可能性なんて全く触れられていなかったはずだ。
 トンネルに差し掛かったせいか、ノイズにかき消されるようにしてアナウンサーの声は消えた。そして、トンネルを出てからも、カーステレオから流れ出す音は変わらなかった。
 私はチューニングを変えた。軽快に流れ出すポップス。そのまま、私は風変わりな天気予報のことなどすっかり忘れてしまったのだった。

 次にそれを思い出したのは――
「信じられない! あんたってひとは――」
 その夜、妻に仕事が長引いたと偽って愛人と繁華街に繰り出し、友人らと出掛けていた妻とばったり出くわして、罵詈雑言を体中に浴びている時だった。妻の友人らの呆れたような、どこか面白がってもいるような、しかし全員に共通する強い侮蔑の眼差しに囲まれて。
「あ、あたし奥様がいるなんて知らなくて……」
 隣で愛人は嘘八百の涙を流す。私はどこか冷静に状況を俯瞰していた。そうするしかなかった。
 なるほど、これはまさに雷雨だ。
 あの不思議な予報を思い出す。夜のお出かけには要注意、か。
 しかし、これは私の心模様というよりは、妻のそれではないのか。怒りの雷、悲しみの雨。
 そのとき、俯いていた妻が顔を上げた。
「――絶対に許さないから」
 妻の眼差しに涙の色はない。そこにあるのは純度100%の怒りと憎しみ。
 終わった。私は悟る。妻は決して私を許さないだろう。私の結婚生活は終わる。私が終わらせてしまった。子供は妻につくだろう。妻を好いて、孫を溺愛している両親には詰られるだろう。妻とは共通の友人も多いことだし、職場にも事の顛末はすぐに広まるだろう。
 おしまいだ。何もかも。
 頭の先から足元まで痺れが駆け抜け、体が冷たい汗でぐっしょりと濡れる。まるで、雷雨にでも降られたように。芯まで冷えた体は、カタカタと小さく震えて……。

 ――夜から朝にかけて、霜がおりるでしょう。

 あの落ち着き払った女性アナウンサーの声が、耳元で聞こえたような気がした。

4/23/2023, 11:42:31 AM