洗濯物をばさりと振り下ろして物干し竿にかける。
雲ひとつない快晴、ブラウス一枚でちょうどいい気温。過ごしやすい季節にすぐに乾きそうだ。キトリは機嫌よく鼻歌を歌いながら、頭に生えた猫の耳と、スカートから覗く猫のしっぽを揺らす。
猫族の洗濯物は大変な作業だ。なにせ自分たちから抜けた毛を落とすのに手間がかかる。丁寧に丁寧に取り除いても、空気中に漂う小さな毛がいつの間にか付着しているのだからきりがない。仕方ないので、キトリはいつも適当なところで諦めてしまう。
長い長い家出を終えて、帰ってきた故郷は平和そのものだ。つい先日まで、次から次へと舞い込んでくる戦に駆り出される冒険者をしていたとはキトリ自身も思えないほどだった。
旅の中で培った魔法の力を頼られることは今でもある。しかし結婚を控えている身なので大きな仕事を振るのは控えてもらっていた。それもあって、今キトリにある仕事は毎日の家事と、教会で子供たちに魔法を教えることだけだ。
洗濯物を干し終えると、キトリはひとつ手紙を持って集落を出る。
水の都と呼ぶに相応しい運河の中に作られた町の中心部には、行商人や冒険者たちの集まる宿などがいくつも建っている。そのうちのひとつ、ホテルと冒険者の店が一体となった店に入れば、冒険者らしく昼から酒盛りをする喧騒が耳に届いた。
人族よりも鋭い感覚を持つ猫耳をぺたりと伏せながら、酔っぱらいに絡まれないようにそっとカウンターにいるオーナーの前に行く。
「オーナー、ここで一番足の早い人は誰? 信頼できる人だともっと嬉しいんだけど」
問えば、一人のシーフを指さした。誠実そうな印象の猫族の少年だ。キトリの集落では見ない顔なので、どこかから流れてきたようだった。
少年に声をかけると、少年は一瞬キトリを見て固まる。依頼をしたいんだけど、と伝えればどこかがっかりしたように手紙を受け取った。
「僕のマスターに届けてほしいのだ。もしいなかったら、わかる人に渡して。それもいなかったら、マスターが帰ってくるまでそこで待機するか、直接届けに行って」
そう言って、前払いとして旅費分の金貨を渡す。滞在分は報酬と共に払うと言えば、少年は了解する。手紙と共に、宛先の人物の容姿と名前、そしてキトリの住所も教えると少年は早速店を飛び出していく。
遅れてキトリも店を出た。
渡したのは、キトリの魔法の師匠に宛てた結婚式の招待状だ。まだ二ヶ月先だが、忙しくどこにいるかもわからない師匠にはこのくらい余裕を持って知らせる必要があった。
来てくれるかはわからない。来てくれたらいいと思う。
そうでなくても、このどこまでも続く青い空の向こうへ、風の噂でいいから届けたかった。幸せであること、もっと幸せになること。
師匠へ向けた初恋は、もう終わりにしたのだということを。
10/24/2023, 3:04:26 AM