最近、季節の変わり目な上に寒暖差が激しくて、うまく眠れない。
彼女を抱き締めていなかったら、もっと眠れないのだろうな。そう思うと、これでもマシな方なのだからタチ悪い。
今晩も寝れるか不安を覚える中、寝室に行くといつもとは違う香りがする。
なんだろう、木々の中にあまやかで、俺には落ち着く香りだった。
部屋を見渡すとサイドテーブルに、ランプのようなものが置かれていた。これはアロマキャンドル?
俺はそのキャンドルに近づいて、その匂いを嗅ぐと、これが香りの元だと分かる。
「いい香りだなー」
「良かった、苦手な香りじゃないですか?」
後ろからトレーを持った恋人が入ってきた。俺の言葉に安心したようで、ふわりと柔らかく微笑んでくれた。
「はい、どうぞ」
渡されたマグカップの中は透明で……これはお湯かな?
彼女にはそれが聞こえたようで、頷きながら微笑んだ。
「白湯です。眠る前にゆっくり飲んでくださいね」
「……えっと……俺が眠れてないの、気がついてた?」
「そりゃ隣で寝ているんですから」
当然です。
そう言っているように見えた。
「このキャンドルも?」
「はい! デパート行って買ってきちゃいました!」
「ごめんね。高そう……」
「値段なんて良いんです。ちゃんと眠るのが一番です」
彼女は俺の手に自分の手を重ねる。細くて、柔らかい手が心地いい。
「でも俺、君を抱っこしていれば割と安心するんだけど……」
「それじゃ足りたい状態ですよ。今度、マットレスや枕も探してみましょう」
「え、高くない?」
「それでちゃんと眠って、お仕事が安全にできるなら安いものですよ」
穏やかな口調だけれど、真剣な思いが伝わる声だった。
「人の命に関わる仕事をしているんですから、ね?」
俺の手をさすってくれながら、有無を言わせない言葉。
「そして、ちゃんと私のところに帰ってきてください」
ああ、本当に彼女は俺のことをよく分かってる。そう言われてしまうと、俺は大人しく言うことを聞くしかないんだ。
俺は白湯を時間をかけて飲みきると、彼女の肩に頭を軽くのせて、ぼんやりとキャンドルの日を見つめた。ゆらゆらと揺らめく小さな炎を見ていると、理由はないけれど落ち着く。
「眠くなったら、そのまま寝てください」
「ん……」
頭にモヤがかかり、視界がぼんやりとする。この香りは彼女の思いやり。白湯で温められた身体と穏やかに揺れる炎は、俺を心地よい眠りへ誘ってくれた。
おわり
一八七、キャンドル
11/19/2024, 12:04:27 PM