はなればなれになっている本館と別館。
その塊よりも遥かなる「はなればなれ」となっている一軒の小屋。
忘れ去られているように佇んでいるが、のれんは掛かっている。小さい建物ながら、当時はここが本館だった。
現在の本館は平地の方へ移されていた。
より近い方が交通機関のアクセスが良いといって、移転と建て替え工事がなされたのである。
公共事業とそれに類する大手建設業者たちによって、ここら一体を都市計画事業として施工した。
そんな難しいことを村役場の者たちが言って、誘致した。それから暫くして、田舎のだだっ広い土地にホテルのような瀟洒な建物を2棟も建てたのだ。
きれいなホテルと、古くて趣がある宿。
都会から来られた客たちは、最初の方は宿泊率は半々だったが、徐々にこの国が豊かになり、都市が散らばるようになってきた頃には、鉄道に近い本館と別館……新館ばかり利用するようになった。
宿のほうが源泉に近く、源泉かけ流し温泉と銘打って、見晴らしの良い展望が望めたが、窮屈な客室と、質素な料理。それに宿屋にたどり着くためには、曲がりくねった山道を登らなければならぬから面倒ということで、新館のほうに軍配が上がっていった。
現在は、宿の者も新館の方に移り、商売をやっている。
しかし、最近その建物を建設した大手建設業者の雇用形態がブラックであると判明し、瀟洒な新館に泊まることを客が嫌煙するようになった。
原点回帰が唱えられる時流となったのだ。
さすがの大人数を宿泊させるには手狭であるので、いっそ一晩貸切という風にしてみた。
すると、利便性を好み運動嫌い山道嫌いの都会人の客足はほとんど滅したが、一方地元民が懐かしがってその宿に足を運ぶようになった。
豪華な料理は提供しなかった。
質素な食卓。
敬語のない、方言の飛び交う会話。
客をもてなす、まだ腕は白い女将。
食べ終わったカニ。小皿と鍋。
はなればなれが一気に近づいた時。
11/17/2024, 9:44:54 AM