KAORU

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「きれいだったね、プラネタリウム」
「ほんとだねー、来てよかったねー」

 深雪と水無月は手を繋いでプラネタリウムのドアを出た。真昼なのに、さっきまで星空の世界を堪能したせいか、夜の気配を引きずってしまう。
「雫ちゃん、お昼何食べたい?」
 深雪が見上げて尋ねる。水無月の会うのは今日で二回目だが、すっかり懐いている。俺と二人で出かける時よりも楽しそうだ。
「深雪ちゃんは何がいい?」
「みゆきはねー、まわるおすし!」
 娘は周りの人たちが失笑するほど元気よく答えた。思わず俺は赤面する。
「おい、声が大きいよ」
 水無月はあははと笑って、「奇遇だね、私もまわるおすしがいいな」と言う。
「やったー!パパ、まわるおすし行こう」
「行こう行こう」
 繋いだ手をぶんぶん振って二人は俺の前をゆく。大小の背中を後ろから俺は眺めた。

 深雪を預かってもらったお礼に、今日はプラネタリウムへやって来た。朝からバケツをひっくり返したような土砂降り。待ち合わせ場所に現れた水無月は、申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、私、予定を組んで外出するとき、必ずお天気崩れるんです」
「アメフラシのまつえいだから?」
 意味がわかっているのかいないのか、深雪が尋ねる。
「こら」
「そうだよ、ごめんね。雨で」
 水無月は苦く笑った。深雪のレインコートが雨滴を弾いているのが見えた。
「いいよ、雨はね、雪に変わるんでしょ」
 深雪は水無月に言った。
「寒いところだと、雨は雪に変わるんだよって。だから、雫ちゃんが降らした雨は、深雪が雪に変えてあげればいいんだよ。スキーをすべる人とか、喜ぶからってパパが言ってたよ」
 あ、おい言わんでいいと深雪を遮ろうとしたけど遅かった。
 水無月は揺れる瞳を俺に向けた。
 都心で初雪を見るときのような、はっとした表情がよぎった。
「……パパがそんな風に話してくれたの?」
「うん、電車でここにくるとき、窓の外みながらお話ししたー」
「……ありがとう、優しいパパだね、深雪ちゃんのパパは」
 ややあって、声を顰めて水無月が言った。
「うん、優しいよ!パパいっつも」
 俺は照れ臭くて仕方がなく、わざとらしく「さー、回転寿司、近くにあるかな」と携帯を出して検索するふりをした。

 それから俺たちは最寄りの回転寿司で腹を満たした。水無月は安い寿司だったが、嫌な顔をせずたくさん食べてくれた。
 楽しいひとときだった。俺は深雪と水無月に感謝した。水無月とふたりきりで出掛けていたら、ぎこちなくなってこんな風に笑えていなかったかもしれない。水無月も、子ども連れの待ち合わせを了承してくれなければ、深雪も寂しい休日を過ごしたかもしれない。
 外は台風級の大雨だったけど、俺の心は清々しいほどの秋晴れだった。


ーーそれにしても、深雪にはあんな風に言ったが、アメフラシの末裔説って、ガチなんだろうか? にわかに信憑性が…

#秋晴れ
「通り雨5」

10/18/2024, 5:35:31 PM