好きな色は何ですか?
と、何の気なしに訊いてみた。あなたが好むものはいくつかあったけれど、特定のそれを感じたことはなかったから興味本位。それから、今後の贈り物の参考にしようと思っての言葉だった。
しかし、あなたはギョッとしてから目を泳がせる。それほど言い難いものかしらと促してみても、「うぅー」だとか「あー」と濁そうとするばかり。
ただ単に色の好みを訊きたかったわたくしは、内心首を傾げながらしかし逃がさなかった。言葉を待っていると暗に示す。
するとやがて、あなたは諦めたように口を開いた。その声色はひどく弱弱しく、奥歯を噛むような表情を。
「…あのね、絶対に引かないでね」
「引くほどひどい色なんてありませんでしょう?」
「……例えば、茶色って言うんじゃなくて、人工的な廃棄物で汚れた海の色が好きって言われたらなんかいやでしょ?」
「た、たしかに驚きはしますけれど。でも、その色が好きなのでしょう? それなら、それでいいじゃあないですか」
「……ちがうの。結果的に示された色じゃなくて、色を示す経緯に問題があるって言いたいの」
「はあ」
分かるような分からないような、…やはりわたくしには想像し難い。そう伝えればあなたはくしゃりと顔を歪めて、もう一度「引かないでよ」と。
連れられたのは脱衣所。
場所柄、清潔な同系色でまとめたそこ。大き目の白い風呂桶が蛇口から流れる透明な水を受け止めてゆく。
半分以上溜まった円状の水。
念を押すようにわたくしを見やったあなたが、「ここ、手を入れて」と。訳も分からず手首までを透明色に沈めた。波立ってゆらゆらと揺れる水をじっと見下ろす。
特に変化も変哲もない。
いったい何をさせたいのか。
疑問をそのまま口にすれば、やはりあなたの目は泳ぐ。言葉を探して口を開け閉めしてから、ようやく観念したよう。
ぽつりと小さな声で告げてきた。
「…あのね、水とかお湯とか、透明な液体に沈んで揺らぐきみの肌色がね……好きなの」
「は」
首の上がじわじわと熱くなってゆく。
今度はわたくしが目を泳がせる番だった。
「だから引かないでって言った!」
「ち、ちが……えっと……」
「めっちゃ率直に言うと! お風呂に入ってるきみの色が反射するお湯の中に沈んで、湯気で隠れながらチラチラ見えるきみの肌の色が好きなのッ‼」
「へ、変態ですか⁉」
「そうだよッッ‼」
くわっ、と食い気味の返事をされてわたくしが面食らう始末。まさか、まさかそんな色を示されるとは思っていなくて。
肌色が好きってことですか、と訊けば。
肌色なんて無限にある。きみの肌の色が好きなの、唯一無二! と半ばキレ気味に返されてしまう。
「わ、わたくし…、プレゼントの、参考に、したくて……」
「そ、そういうことは早く言って! ぼく、ガラスが好き。色のついてない透明なやつが好き!」
「な、なんか、嫌です…」
「ゔぁあっ」
べそかいたあなたが鳴いた。
#好きな色
6/22/2023, 6:45:26 AM