もんぷ

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君を照らす月

 暖かいオレンジの光の活気付いた焼き鳥の匂いのするお店や色とりどりのネオン街に引き寄せられそうな彼の腕を引っ張ってアルコールの一切無い我が家へと歩く。あんな人工的な光よりも月の方が似合うのに。街頭の少ない暗い住宅街には二人分の足音しか響かない。前ほどお喋りでは無くなった彼の携帯を操作する手が、小刻みに震えているのを見てられずに強引に繋いだ。
 こちらを見て嬉しそうに、寂しそうに、「強引やなぁ。」と笑う彼の笑顔はやっぱり綺麗だった。星はあまり見えない夜に、雲に隠されながら月が見え隠れする。左手は繋いだまま、右手だけポケットを探って家の鍵を取り出して回す。そこまでしなくても逃げないから、と笑う彼に返事は返さずにドアを開ける。
 しんとした室内に二人分の物音が響く。靴を脱ぐために離した彼の手は、いつの間にか自分の肩を引き寄せてそのまま彼の腕に閉じ込めた。

「…まだ好き?」
自分のことを好きかと聞く彼のその問いは、今までなら単に甘いムードを作るための契機に過ぎなかったはずなのに、どこか重さを増していた。
「当たり前じゃん。」
なんでも無いようにそう返す自分の答えを聞くと、腕の力が強まった気がした。その腕が震えているのは、アルコールのせいか、いつものように涙脆いせいなのか。震えが止まるように手を添えて彼の言葉が続くのを待つ。
「もう今までの俺ちゃうのに?」
酒が入って調子良く話してくる彼よりも今の弱々しい彼の方が何倍も好きだ。
「自信無いねん。」
自分だって支えられるか不安だけど支えたいと思ってるよ。


 玄関での押し問答は多分一時間を超えていた。お酒が趣味だと公言するほど好きだったのは、缶で溢れかえる冷蔵庫を整理していた自分が痛いほど知っている。その楽しみを無くした彼が、生きる意味を失わないように。震える手が、肩にかかる息が、無くならないように。アルコールの存在を忘れた彼の依存の矛先が自分に向きますように。そう願いながら、月を見ながら眠れない夜を過ごす彼の隣で、ただ彼の横顔を見ていた。

11/17/2025, 8:39:26 AM