渡り鳥

僕の好きな姉ちゃんは、鳥のような人だ。
こうやって始まるのは、国語の宿題の「好きな人」で、僕の書いた作文だ。
先生から褒められたこの作文は、姉ちゃんが絶対に知らない作文。
姉ちゃんは鳥のよう。あのツバメのような。

「そこの少年！近くの〇〇荘って旅館しってるかい？ちょっと案内してくれ」
姉ちゃんはこの時から雑だし変だった。
案内する時だって、俺が〇〇荘の家の子供だと知ると、値下げしてとか、お得意様価格とかないの？ってしつこかった。

着いてすぐも、かあちゃんと交渉をしていた。
今でも覚えている。だって開口一番
「ちょっと女将さん！まけてくれない？」
だったんだもん。
まぁ、それで実際安くで泊まれたらしい。
その姿勢はお小遣いの交渉に使おうと思った。

その時の姉ちゃんは、二週間？くらい泊まってた。
夏休みだったから、旅館の手伝いさせられてよく部屋の片付けとかやったり、風呂掃除したりしてた。
(たまにパンツとかあって困った)
旅館の姉ちゃんはなんか、ウザイけど嫌じゃない姉ちゃんだった。

でも、旅館以外でカメラを持った姉ちゃんが、山とか川とかでいっぱい見た。その時は澄んだ目で綺麗なものを見てたし、撮ってた。
それに、澄んだ目がなんか忘れられなくなって行ってた。
ずっと見てたかった。
でも旅館の姉ちゃんはウザかった。

一週間くらい経った時に、かあちゃんから森の中を案内するように言われた。
その時は普通に、遠足で行く山に登ったり、友達とよく泳ぎに来る川に連れてった。
あの時の姉ちゃんは、ずっと見てられた。
たまに転けたり、濡れたりして心配で見てたりしたけどw

そのあとの一週間はあっという間だった。
案内に行って、案内してない時は色んな場所探検して、いい場所あったら案内して。
ずっと姉ちゃんの目を見てた。
そのせいで宿題終わらなかったから、怒られたのは姉ちゃんのせい。
居なくなってからも探検してた僕もちょっとだけ悪いかもだけど。

翌年の夏も姉ちゃんは来た。しかも髪が青くなってた。(似合ってた)
その時も、部屋片付けたり風呂洗ったり、色々手伝わされたりしてたけど。
姉ちゃんがきてからなんか楽しかった。
だって姉ちゃんが話してくれたし、新しく見つけたいい場所にも連れて言った時は沢山褒めてくれた。

けど、その年は四日しか居なかった。
だからなんか寂しくて、脱衣所に忘れてったパンツを一枚とってやった。
探して残ってくれると思ってたけど。
気づかずに出てちゃった。
姉ちゃんが気づいた時、電話して捨てるようにお願いしたんだって。
なんかごめんって思っちゃった。

翌年も姉ちゃんが来た。
その翌年も。またその翌年も。
泊まる期間はバラバラだけど、毎年夏に来る。
それは、毎年の楽しみだった。
姉ちゃんのために色々冒険するのも楽しくて、冬でも山に行くようになってた。
とある夏の日、姉ちゃんの髪が黒だった。

驚いたけど、似合ってたからあんまり気にしなかった。かあさんは気にしてたみたいだけど。
なんか、遠距離？だった旦那さんに浮気されたらしい、けどお金入ったからカメラも替えて嬉しいって、いつもと違うお姉ちゃんが言ってた。
それは覚えてる。だって初めて泣いてるところ見たんだもん。

その夏の姉ちゃんはなんか変だった。
少し上の空で、ちょっと笑顔がちっちゃくて、目は澄んでなかった。
変な姉ちゃんと、距離ができちゃってあんまり話せなかったけど、
姉ちゃんは宝物をくれた。
「少年よ！これを授ける。大切に使ってくれ！」
って手紙と、一台のカメラ。

その夏から、姉ちゃんは来ていない。
姉ちゃんから貰ったカメラは、今でも大切に使ってる。写真だって上手くなって、今ではたまに大会で賞だって取れる。
この前だって、全国規模の大会で銀賞を撮った。

けど、姉ちゃんの写真には勝てない。
このカメラに残っていたのは、
旅館の写真。僕が神社で涼んでた写真。母さんと僕の後ろ姿の写真。パンツをポッケにしまう写真。ふたりのヒミツの場所の写真。そして、「もし、君が金賞を撮ったら。また来ようじゃないか。」
ってタイトルの手を振る姉ちゃんの写真。

またいつか姉ちゃんに。
あの鳥のような姉ちゃんに。
新しい秘密の場所と、返しそびれたあのパンツを。
それに、青くなった僕の髪も見せるんだ！
あぁ、まちどうしい。
名前も知らないねえちゃんは、去年も今年も大会審査員なのを、僕はまだ知らない。

5/29/2025, 1:27:01 PM