モンシロチョウ
「蝶…」
陽は暖かく、涼しい風が吹いている。
強い薔薇の匂いが薫る庭園で、真白な少女が呟いた。
その視線の先には大きく開かれた1つの本がある。
心地好い自然光のもと彼女が真剣な顔で本を読む様子を、また更に真剣な顔で見つめる1人の青年が居た。
春らしい暖かな陽気には似つかわしくない表情である。
「私、この蝶を、とても、とてもね、綺麗だと、思うの」
少女の声はとても愛らしい。少し呂律の回っていない可愛らしい声。その声を聞いた青年は爽やかに微笑んで応えた。
「左様で御座いますか。ええ、確かに美しい翅かと」
「ここ、この本にね、春にはたくさん、見ることができる、って、書いてあるの」
少女は青年が応えてくれたことが嬉しかったのか、弾んだ声で、必死そうに繰り返した。
「はい、そうですよ。この蝶々は大勢おりますゆえ、様々な場所でご覧になれますね」
青年の回答を聞き、少女は哀しそうな表情を浮かべた。先程の喜びはどこへいったのか、落ち込み沈んだ声で話している。
「でも、私、この蝶を見たこと、ないわ」
「…ええ、貴女様は、‥いえ、此処には沢山の蝶々はおりませんので、ご覧になれる機会も少なかったものかと。いつかは、ご覧頂けるかと、存じております」
「………」
少女は青年の迷いに気付いてしまったのか、顔を伏せて青年から目を逸らしてしまった。
2人の間に気まずい沈黙が訪れた。
青年は少しばかり後悔したような表情で、少女に声を掛ける。
「そも…この蝶々自体、数が減ってしまっているのも原因でしょうか。なにせ、こちらの本は幾年か前のものになりますので」
「さっきと、言ってること、違う」
「ええ、先程は失念しておりまして。失礼致しました」
少女は青年の対応に不満を示していた。
何処か違う場所に行こうと少女が椅子から立ち上がったとき、強い風が吹いた。白いワンピースが美しく靡き、少女の鮮やかな茶色の髪も艶やかに揺れる。
青年は立ち上がった少女に慌てて近付き、風から守るように抱きしめた。その行動に少女は驚き、蒼い瞳を見開いていた。
強風が吹いたのはたったの数秒だった筈だが、2人はまるで時が止まったかのように固まっている。
「…大変、失礼致しました。お怪我はありませんか?」
「……ないわ、ありがとう…けれど、どうして、私のこと、守ったの、必要、無いのに」
「必要無いことは、御座いませんよ。貴女様は守護させるべきお方ですから。……何より、貴方様は、あの蝶々のように儚い存在で御座いますから」
青年は思い詰めた表情で語っていた。
まるで捨てられそうな仔犬のような瞳で少女のことを見上げる。既に膝を着いて畏まっていた。
少女はその返答と姿を見て、何かを察したのか、満足した声で言った。
「なら、仕方ない、ね」
「わかった、ここで、待ってる、よ」
5/11/2026, 9:42:37 AM