いろ

Open App

【終点】

 ゴトンゴトンと音を立てて、電車が揺れる。満員だったはずの電車は駅に停まるたびに人を吐き出し続け、いつしか車両の中には私と君の二人だけになっていた。
 私の肩に頭を預けて静かな寝息を立てる君の目元には、ひどい隈が浮かんでいる。車窓から差し込む太陽の光の眩しさがあまりに不釣り合いで、無駄とは知りながら君の顔の前に手を翳した。
 制服のポケットの中でスマホが震える。ちらりと通知を見れば、無断欠席をしたことに対する友人からの心配のチャットだった。見なかったことにしてスマホの画面を消す。私にとっては数だけは多い表面上の友人たちなんかより、君一人のほうがずっと大切だった。
 学校へ行くための乗り換え駅に辿り着いた時、君が「降りたくないなぁ」と小さくこぼしたから。私は君の腕を取って、電車を降りるのをやめさせた。そうして二人きり、電車に揺られ続けてここまでやってきた。
 車掌のアナウンスが終点を告げる。その音に君の瞼がゆっくりと持ち上がった。
「おはよう」
「……おはよ」
 まだぼんやりとしているのか、反応が普段よりも一拍遅い。眠たそうに目を擦った君は、そこではたと現状を思い出したのか眉を下げて私を見つめた。
「こんな所まで来てどうするの?」
「んー。終点で降りて、二人で日が暮れるまで遊ぼうよ」
 夜になったら帰らなければならない。このまま二人で遠くまで逃げようと言ってあげられほど、私は世間の厳しさを舐めてはいなかった。高校も卒業していない世間知らずの家出人二人が真っ当に生きていくなんて、できるはずもない。
 電車の終点までの、一日だけの逃避行。私が君にあげられるものはそれだけだ。なのに君は、この世で一番嬉しい言葉でも聞いたかのように、今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
「ありがとう」
 ゆっくりと電車がスピードを落とす。ああ、もっと遠くまでこの線路がつながっていてくれれば良かったのに。たまに避暑へと訪れる隣県の山間の地名を眺めながら、心の中だけで呟いた。

8/10/2023, 10:21:59 PM