初めまして、お元気ですか?
私は元気です。
別に、貴方の体調がどうであろうと、
これから話す事は、二言も変わりませんが。
お話を始める前に、
エントランスへどうぞ。
こちらです。足元に気をつけてください。
段差がありますので…。
えぇ、あと二歩ほど進み、
入ってきた扉には鍵をかけてください。
そう、そして、鍵を、壊してください。
回す部分を外せば良いですよ。ペンチはこち
らです。
バキッと、折るのでも構いません。
はい、よく出来ました。
そして残念な事に、貴方は閉じ込められてし
まいました。
騙したのかと聞かれると、
そうですね、
そんなに簡単に人を信じる方が良くないのだ
と思います。
貴方は言われるがまま、鍵まで壊してしまっ
たじゃないですか。バキッと。
私が良い人に感じられましたか?
ふむ、悪い人には感じられなかった?
そんなものは幻想です。
今までだって、ずっと、間違えてきたでしょ
う?
だから貴方は閉じ込められているのです。
まぁ、そう気を悪くしないでください。
この空間はエントランスだけでは無いのです
。
途中で辞めたくなった場合でも、簡単には終
われないと思いますが、
ちゃんと最後までご案内しますよ。
さぁ、扉を開けてください。
さて、ここはどこでしょうか?
そんな事は見れば分かりますよね、
和室です。
窓が無いと言いましたか?
そんなもの、低階層にはありませんよ。
言ったじゃないですか、閉じ込められたのだ
と。
さて、では今から、畳をボロボロになるまで
、切りつけてください。
こちら、包丁です。足元に置いてあるので、
気をつけてお取りください。
えぇ、それでザクッとやっちゃってください
。
ふふ、
その調子ですよ。
頑張ってください。
よく切れていますね。
それでは、
辺りを見回してみてください。
酷い有様ですね!
貴方のせいです。
また同じ事を繰り返しましたね。
いったいどうしてでしょうか。
そんなにめちゃくちゃになりたかったんです
か?
理解できませんね。
まぁ、おめでとうございます。
もちろん引き返しはさせませんが、
次の場所へ案内してあげましょう。
さぁ、ドアを開けてください。
ここは台所です。
これも見ればわかるでしょうが、
何かと心配な貴方に、私が一応、教えておい
てあげましょう。
ほら、ここには包丁。ここにはまな板。ここ
にはラップ。ここには冷蔵庫。
確認できましたか?
ほう、そんなの最初から分かっていたと?
果たして、それは本当に信じられるのでしょ
うか。
貴方はまた過ちを犯すのでしょうか。
気をつけておいた方が良いのでは無いですか
?
そう、
分かればいいのです。
ではここでは、好きな料理を作ってください
。
どうかしましたか?
ただ、料理を作るだけです。
普通の事でしょう?
誰も、壊せとか切りつけろとか、言っていま
せんよ。
ほら、早く作ってください。
食材は冷蔵庫に入っています。
「扉の向こうに、何があると思う?」
「ありふれた食材? それとも絶望?」
トマト、卵、
貴方は今食べたい物に忠実な様ですね。
…
えぇ、
なかなかの腕前ですね。
ですが、
少し時間がかかっていませんか?
いちいち、全てを疑っていませんか?
何度も何度も手を洗うのをやめてください。
冷蔵庫を開け閉めするのをやめてください。
やめてください。
鬱陶しいので、
やめてください。
…
さぁ、完成しましたか?
それは何ですか?
オムライスですか。
見れば分かりますが。
少し食べてみますね。
…
あぁ、これはいけない、
とても甘い。
ちゃんと確認したんですか?
味見程度もやっていないんですか?
砂糖と塩を間違えているようですが。
また私が騙したんだ、と?
そんなはずないじゃないですか。
貴方の間違いですよ。
それにこれは、
それほど重要な事では無いはずですが?
本当に、理解できませんね。
ではもう一度、ここで料理を…
おや、
次の場所に行きたいのですか?
ここには居たくないと言うのですか?
仕方ありませんね。
次の場所へどうぞ。
さぁ、ここは居間です。
特に何もして欲しい事はありませんよ。
ゆっくり過ごしましょうか。
…なぜ、貴方は、そんなにも警戒しているの
ですか?
私のせいだと言うのですか?
私はそんな事したくありませんが。
貴方はそうやってすぐ責任を押し付ける癖を
直した方が良いですよ。
はぁ、
私が話している時にも、テレビ、ソファ、ク
ッション、、
そんなに気になりますか?
どこかに包丁でもあるのでは無いかと、考え
ているのですか?
もうそんなことはやめて、休みましょう。
カーテンを閉めたりしないで、電気を消した
りしないで、
こんな事をしていないで、
休みましょう。
私は疲れたのです。
身体を休めてください。
…
意識が薄れゆく
…
。
ここは…
寝室ですか?
ベッドがあります。
枕があります。
布団があります。
パジャマがあります。
暖かな匂いがします。
ここは、寝室の様です。
そうですか。
そうですね。
ベッドがあります。
ベッドが。
枕が。
布団が。
パジャマが。
あります。
そうなのですね。
見れば…
分かります。
…
ここは
…
どこでしょうか?
とても暗いですね、何も見えません。
もしかして、また、
私が何かをしてしまったのでしょうか?
何があったのでしょうか?
分かりません。
確かめ無ければ、
ならないのです。
…
朝になりました。
ここは、
普通の、
正真正銘の、
寝室でした。
ですが、
とても、疲れてしまいました。
…
居たんですか?
貴方。
そりゃあ、居ますか。
…
引き返す事は出来ません。
後悔は役に立ちません。
それでも良いのですか?
どこか次の場所へ行くのですか?
貴方は、
どうして、
この場所を進もうと言うのですか?
何を信じようと言うのですか?
全て抱えて行くのですか?
理解できませんね。
全部、
貴方のせいです。
だから、
仕方ないのです。
電気を消しましょう。
もう何も見たく無いのです。
貴方をここに閉じ込めた時から、
ずっと、
後悔していたのです。
私は、
ありもしない希望を追いかけて、
ここまで来たのです。
本当は、
ずっと一緒だったのだから、
分かるんです。
貴方が壊したいのは、畳なんかじゃない。
貴方が作りたいのは、オムライスなんかじゃ
ない。
本当は、
本当は、
貴方も疲れているのでしょう?
ほら、
次の場所も、
私が決めましょう。
これだけは私のせいです。
けれど
きっと気に入るはずです。
だから、
窓を開けるのです。
貴方が、
この壊れた空間から、逃げ出す為に。
…
拝啓:私
本日はお日柄も良く
風が気持ちのいい、素晴らしい日ですね。
これから起きる全ての事が、
いい事であるような気がします。
いずれまた会いましょう。
#9
10/14/2025, 6:09:34 AM