第十五話 その妃、登城す
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規則正しきは玉響の音色か。
都の人々は皆、一様に足を止めた。
顔に布をかけた和装の男たちが抱えるのは、質素ながらも上品な輿。必要最低限な装飾にもかかわらず、気品で溢れている。
下ろされた御簾に隠された今度の姫はさて、どれほど美しいのだろう。もしや、今度こそ帝の寵妃なのではないか。
この噂は忽ち広がり、人々はその姿を一目見ようと挙って広間へと集まった。
外朝の大臣たちも、後宮の妃や侍女たちも、宮殿で働いている者たちも、皆がその手を足を止めた。
静かに、門の前で止まった輿が、ゆっくりと下ろされていく。御簾が上げられ、そこから現れた姫に一同、息を呑んだ。
街の安価な簪が一本と、白い生花が数輪。
そして、夕暮れ空に、まるで鮮血でも飛び散ったかのような貴妃服。
この都で【赤】とは、帝とその妃のみが用いることを許可された禁色。
白い肌と黒髪でよく映えてはいるが、国外の姫かと人々の視線からは忽ち興味が薄れ、そして。
「陛下へ御目通り願いたく参りました」
瞬く間に軽蔑へと変わる。
見た目だけの美しさだけで、教養は疎か礼儀もなっていない姫の前へ、気位の高い人間や仕事を全うしようとする武官たちが立ちはだかった。
そして槍の雨のように、姫への指摘が降りかかってくる。けれど姫は、ただ目元に微笑みを浮かべ、毅然な態度でこう答えた。
「何度ご連絡差し上げても訪れがないものですから、こうして此方から出向いたまでのこと」
そこで、その存在を知る者たちは、一度口を噤んだ。
この二連黒子の姫は、新たに召し上げられたのではなく、我々の存ぜぬ離宮にて幽閉されている、例の妃だと気がついたからだ。
しかし、それも数える程度のこと。加えて礼儀がなっていなければ、妃の立場を知らぬ非難の声はそう簡単には止まなかった。
「何事だ」
遅れてやってきたこの国の帝は、声を上げながら険しい顔で階下の妃を見下ろした。
「どの宮にも用はない。後宮など要らぬと、我は何度も言ったはずだが」
帝の圧力に、その場の誰もが顔を上げることが叶わなかった。たった一人を除いて。
「陛下の城を騒がしてしまったこと、深く謝罪致します」
「……そなたは」
「小鳥の名は『ホトトギス』。火急のため、陛下の広い御心でお許しください」
「……ああ、そなたか」
階段を降りた帝は、唯一顔を上げるその妃の手を、そっと取った。
「そなたの方からわざわざ我を訪れたのだ。余程のことなのだろう?」
その問いに対し、口元に笑みを浮かべながら「ええ」と答えた妃はゆっくりと立ち上がる。
「この場では到底口になど出せませんわ」
そして、未だ顔を上げることすら許されていないその場の全員を見下ろした。
「何も弁えない下品な者が群がる、このような場所では。同じ空気を吸っていると考えるだけで、気分が悪いですもの」
その返しに満足したのか。帝は「そうか」と笑いながら手を引いて、宮殿の中へと妃を迎えた。
その背後から、帝を止める声が降り注いだが、彼はそれを一切聞き入れはしなかった。
「立場を弁えなかった者の処遇については、追って処遇を言い渡す」
そして腕を組んで歩く二人の姿は、宮殿の中へ仲睦まじく消えていった。
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2/12/2024, 9:35:33 AM