香草

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今日も今日とて冬日和。
暖炉に火を焚いて、薪が弾ける音を聞きながら暖かいコーヒーを淹れる。
外の木が枝を振り乱して、羨ましそうにこちらを覗き込む。
レコードをかけようと席を立った時だった。
カランカラン、と入り口のベルが客を招き入れた。

「あの…」
小さな女の子がドアマットに立ち尽くしている。
分厚いコートに大きなマフラー、目の端ギリギリまで深く被されたニット帽。寒くないようにと、両親の愛情でぐるぐる巻きにされている。
「何でも屋さんですか…?」
遠慮がちに尋ねる。
何でも屋さんではないが…似たようなものだ。
「そうですよ。寒かったでしょう。そこのソファにに座りなさい。」
暖炉のそばのソファを指さした。
女の子はホッとした様子で暖炉に歩み寄った。
私はココアを入れて女の子のそばに置いて、向いのカウチに座った。
「さて御用はなんでしょうか?」
小さな子供とはいえあのベルを鳴らしたからにはきちんとしたお客様だ。いつものように紙とペンを用意する。
少女はもじもじして中々話し出そうとしない。
まあ時間はいくらでもある。
レコードからバイオリンとピアノの協奏曲が流れて止まりそうな空気をかき混ぜる。


「雪を降らせてほしいんです。」
小さな声でポツリと呟いた。
「雪?」
この地域は雪が降らない。昔一度だけどっさり降ったことはあったらしいが、それ以来雪は降っていない。
「おばあちゃんが雪を見たいって。昔、お日様に照らされた雪はキラキラしててまるで宝石のように美しかったって。」
久しぶりに大きな仕事がやってきたぞ。
「分かりました。その願い叶えましょう。」
少女はパッと顔を上げた。
「明日の朝には用意しておきますよ。」
少し訝しむ様子ながら期待に満ちた瞳を輝かせる。
少女を見送ると、店じまいをし、店の奥に引き篭もった。


ここは代々続く魔法使いの店。
強く純粋な願いを持つ人間の前に現れる。 
雪を降らせる魔法ね…
午前3時。店の外に出ると空を見上げて杖を振った。

「おばあちゃん!外見て!雪!」
孫の声で目を開ける。もうほとんど何も見えないが、孫らしき影を探す。手が握られて腰に腕が添えられる。
「おばあちゃんほら見て」
孫に体重をかけないように必死に足を踏ん張る。
窓枠につかまると光が目を刺した。
キラリキラリと白む視界で輝く。
「何でも屋さんにお願いしたの。本当に叶えてくれたんだ!」
孫が興奮した様子で飛び跳ねる。
懐かしい記憶が呼び起こされるようだ。
薪が弾ける音。バイオリンとピアノの協奏曲。コーヒーの香り。
「その願い叶えましょう。」

12/21/2024, 2:50:24 AM