お題『三日月』
主様、4歳の頃のこと。
その日はやたらと庭に出たがるので日焼け止めクリームを塗って差し上げれば、ぴょんぴょんぴょん、と裏庭に駆けていく。アモンがいて、お手伝いをしたい、主様にそんなことさせられないっす! という攻防戦をきっと繰り広げることだろう。
近頃の主様は、誰かのお手伝いをしたいお年頃らしい。昨日はナックの隣で主様専用帳簿を作ってもらい、数字を書く手伝いをしていた。その前の日はルカスさんのところで口に入っても安全な染料で着色した水を使い、化学変化について手伝っていらっしゃった。
さてさて、アモンのところでは何をお手伝いしているのだろうか。
様子を伺いに俺もそっと裏庭に行ってみた。
てっきりジョウロに汲んだ水を薔薇にあげているのかと思っていたら、どうやら違うらしい。地面に敷かれたストールの上にぺたんと座った主様はアモンとムーの3人で額を突き合わせて何やら手を動かしている。
「主様、何をなさっているのですか?」
「フェネスにプレゼント」
「え! 俺に……ですか?」
そこでようやく俺の存在に気づいたらしい。
おそらくは作業に夢中でついうっかり口から言葉がこぼれ落ちたのだろう。みるみるうちに目に涙を溜めて、それがまた悔しかったらしく袖でゴシゴシ擦った。
「あーあ、主様。そんなに擦ると顔が土まみれになってせっかくの美人が台無しっすよ。それに……」
アモンはそう言うとじっとりとした視線を寄越して、ヘラっと笑う。
「あ、主様、俺なんかにプレゼントだなんて、そんな……でも嬉しいです。それで、そのプレゼントとは……?」
「っく、ひっく、アモンのおてつだいでつくった、はなかんむり。フェネスに似合うといいなって」
そうか。アモンがよく花冠を作っては主様や他の執事たちに配り歩いているから、その手伝いをしようと思ったのか……。
「さぁ、主様。あとは端と端を繋げれば完成でよ……ほら、できました」
ムーの手作業を観察しながら最後まで作り終えた花冠は、花びらもかなり落ちているしフレームも歪だ。
「主様、こんなに素敵なプレゼントを、俺なんかがいただいていいのでしょうか?」
主様は何やら少し考えて、花冠と俺を見比べた。それから俺にしゃがむようにおっしゃると、それを俺の頭に乗せてくださる。
「俺に……似合いますか?」
それからさらに少し考えて、
「こんどはもっとじょうずにつくるから、まってて」
とおっしゃったが、ムーとアモンは、
「主様! 初めてなのにすごいですよ」
「またいつでもお手伝いに来てくださいね。俺は大歓迎っすから」
口々にそう言っている。
「俺にはこれも十分過ぎるほどもったいないのに……えぇ、次も楽しみに待っています」
俺の言葉に、主様はニコニコと笑い始めた。そう、まるで闇の中に降った雨空に浮かんだ三日月のように。
俺はその日一日を主様からのプレゼントの花冠をつけて過ごし、その後はそれをドライフラワーにした。
1/9/2024, 2:04:48 PM