「踊りませんか?」
彼が自宅にやって来てから二週間が経つ
チャイムが鳴りドアを開けるとそこに立っていたのは2メートルを越す大きなヤドカリ
事態を飲み込めず呆然と立っているとヤドカリは「宿を貸していただけませんか?」と一言
夫を亡くして三年の月日が「帰ってください」の言葉を飲み込ませた
最初はお互いほとんど喋ることもなかったが一週間もすると少しずつ話すようになって食事をしながら身の上話もするようになった
私は夫が3年前にカニ漁に出て帰ることはなかったという話を
彼は脱皮のため、土に潜っていて目が覚めたらこの大きさだったという話をしてくれた
カニ漁の話をする時、少し躊躇したが気を悪くした感じはなかった
どうやらカニの事を仲間だとは思ってないらしい
「彼らはカニで私はカリなので」
彼が何気なく言った一言で思わず鼻からウドンが出てしまった
それを見た彼は笑った
それからは色んな話をした、テレビの話や映画の話…みんながしてるくだらない話…それでも私にとっては久し振りで楽しくて嬉しくて…泣いた、泣きじゃくった
部屋が静寂に包まれる
彼は言った
「私に合う貝を町工場で作って貰ってます、貝が出来たらこの町を出ます、今までお世話になりま…」
「ヤドカリさん!…借りではなくずっとウチに居てくださってもいいんですよ…」
彼はレコードの針を落として言った
「踊りませんか?」
彼は優しく私を抱き寄せ踊ってくれた
そしてキス
彼のキスは蟹工船のflavorがした
10/5/2023, 4:52:05 AM