田中クン

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僕はKissを知らない。自分の唇で想像しても、きっとはんぺんみたいな感触なんだろうなと思うだけだ。

僕は他人の温もりを知らない。いつも一人で机の上にいる。ポケットに入れた拳は、腿の温もりしか知らない。
一人が嫌いな訳ではないけど、誰かを抱きしめたいと思うことがある。人間の柔らかさを感じたいと思う時がある。そういう夜は大抵寝付けない。だから僕は歩き出す。

この駅はたくさんの女性が立っている。真冬なのに凍えるカラマツみたいに、誰かを待っている。僕は彼女らを自分に照らし合わせる。そうするとこの惨めさも、寂しさも言外に分かち合えたような気がして、安心して眠ることができる。
こんな事やめたほうがいいのだけれど、僕も死ぬ気で歩いてる。彼女らを灯火にして街明かりをくぐり抜けている。


夜の駅はいつもと違う匂いがする。それは大概香水の匂いで、その甘さと胡散臭さむせそうになる。でも好きな人から漂う匂いならすごく素敵だな、なんて妄想したり。

こんなに寒いのにどうして彼女は立つのだろうか。お金がそんなに欲しいのか。そこに愛はあるんかって聞いてみたい。お金で埋められる寂しさなら僕も喜んで財布を開く。でも、お金で買った愛情は毒のように体を回って、彼女と僕をどこまでも隔てる。それが分かっているから僕は歩く。

こんなに寂しいのに誰かの幸福を思える自分を見直した。だけどお前にそんな資格はないと笑った。そうやって僕は夜を越えている。いつか彼女にお礼を言いたい。でも彼女のKissはきっと冷たいだろうな。

2/5/2026, 12:16:14 AM