いろ

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【誰にも言えない秘密】

 私には妹がいた。前向きで活動的で物怖じしない、私とは正反対の妹は、ある日突然失踪した。警察の懸命の捜査も虚しく、彼女が行方不明になってからもう十年が経過しようとしている。
 彼女がいなくなってすぐ、周囲の村人たちの噂話から逃げるように離れた故郷の村へと久しぶりに帰ってきたのは、私自身が人生の節目を迎えるからだ。右手の薬指にはめた指輪を、木漏れ日へとそっと翳した。
 森の奥にひっそりと佇む神社へと、迷うことなく足を進める。数年ぶりでも案外と道のりは覚えているものなのだなと、少しだけおかしく思った。
 朽ちかけた賽銭箱へとお金を投げ入れ、錆びた鈴をガラガラと鳴らす。柏手を打ち鳴らして、静かに目を閉じた。
 ……私は、彼女が失踪した理由を知っていた。行方をくらませる直前、あの子は私の部屋へと訪れたから。
『あのね、お姉ちゃん。私、このひとと結婚するの』
 彼女が伴ってきたのは、ひどく美しいひとだった。この世のものではないと、そう一目でわかるほどに。
『神様の世界に行くから、もう誰にも会えないんだって。だからお姉ちゃんにだけは、最後に挨拶していこうと思って』
 引き留めることはできなかった。頑固な彼女は一度決めたら譲らないし、彼女を見つめる神様の横顔はこの上もない慈愛に満ちていた。
 だけどまさかこの現代社会に、妹は神様のもとへ嫁ぎましたなんて言えるはずもない。誰にも告げることなく、私はこの事実を私だけの知る秘密とした。
『私はこのひとと幸せになるから。だからお姉ちゃんも、幸せになってね』
 ひらりと軽く手を振った明るい笑顔が、私が見た最後のあの子の姿だ。お付き合いしていた相手にプロポーズをされて、結婚式の日取りも決めて、そうしてあの子の残したその言葉をふと思い出した。
(ねえ。私、来月に結婚するよ)
 これはただの一方的な報告だ。神様の世界へと行ってしまったあの子と、話すことはできない。そうわかっていても、それでも伝えたかった。私自身の気持ちの区切りをつけるためにも。
 深々と頭を下げて、踵を返す。ぼろぼろに傾いた朱塗りの鳥居の下をくぐったとき、強い風が背後から吹き抜けた。
 思わず立ち止まる。いつかと同じ朗らかな声が、私の鼓膜を揺らしたような気がした。
 ――おめでとう、お姉ちゃん。私も今、幸せだよ。
 じんわりと心が温かくなる。これは私の幻聴なのか、それとも彼女を愛した神様が少しだけ与えてくれたサービスなのか。私にはその答えはわからないけれど、胸に溢れた懐かしさだけは本物だった。

6/5/2023, 11:32:17 AM