未炭酸/無炭酸

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8.1[もしも世界が終わるなら]、

いいのに。

僕が今一人死んでも、いいのに。

今、終わってほしい。


そんなことをさっきからずっと考えている。


波がもうすぐ足を濡らそうとしている。


8.2[もしも世界が終わるなら]、

もう水は腰まで来ている。

僕は迷っている。

わざわざ夜に海まで来たのに、

死ぬか迷っている。

8.3[もしも世界が終わるなら]、

僕なんか必要ない。

僕の死をのんきに悲しむ人は誰も来ず、

時間はいつも通り流れ、空は晴れる。

でも、

世界は終わらない。

だから僕が死んで笑う人がいる。

僕が死んで馬鹿めと思う人がいる。

僕が死んで悲しむ人の涙を貶す人が、

僕は許せない。


許せなくて、失望した。

怒りすら湧かなくなった。


あぁ、

8.4[もしも世界が終わるなら]、

今終わるなら、

明日終わるなら、

昨日終わっていれば、

終わって、

終わってください。



8.5[もしも世界が終わるなら]、

僕は死ぬ。




海はとても綺麗だ、とても美しくて,,,

とても綺麗な、女の人がいるように見える。

波に流されず僕の数十歩海へ浸かり、

手招きして歌を歌っている。


わ た し に か え り な さ い


足元にはいつの間にかカニが群がっている。
横歩きで海に入っていく。
皆必死に。帰るように。
家はそこにはないのに。


き お く を た ど り


カニは死期の訪れ、自殺の跡だと言われている。
何匹か、何匹も、波に流されて僕の足元に戻る。
息はもうしておらず、死骸となって、
それを踏みつけ、僕は進む。


や さ し さ と ゆ め の す い げ ん へ


女の人の声以外、何も聴こえない。
もっと近くで聞きたい。
もっと、もっと。



も う い ち ど ほ し に ひ か れ



ここにずっといたい。



う ま れ る た め に






たくさんの、

たくさんの人を、


たくさんの人を思い出す。
たくさん。


おかあさん
おとうさん
いもうと
おとうと
おねえちゃん
おにいちゃん


たくさんの人、


おじいちゃん
おばあちゃん
ともだち
せんせい
おにいさん
おねえさん


たくさんの人、
たくさんの人が流れていく。
横に。


僕はそれを止めることができない。
どんどん横に離れていく。


逝かなければ死ぬので、
僕はたくさんの人を見殺しにする。
横に流れて見えなくなってしまえば終わりだ。

人は死ぬ。カニも死ぬ。


僕の世界は終わった んだ。

ああぁ
8.6[もしも世界が終わるなら]

終われ。

















「ぶはぁ!!」

目を覚ますとまだ砂浜だった。

「こちら◉警、△市☆✩海岸で自殺企図者を救出。直ちに保護します。」

「了解」ブツッ

内線通話を聞き、
顔をあげれば海浜沿いにパトカーが止めてある。


「目覚めたか。」


見知った顔の女だ。
まだ2年も経っていないのに同僚の名前すら覚えていないなんて。
やはり僕は辞めるべきだった。


「誰の通報だ?」

「私だよ。」

周りを見るが彼女以外誰も、
補佐すら見当たらない。

「一人で来たのか。」

「仕事帰りにお前の家へ寄ったが、チャイムの返事がなかった。こんな夜に散歩でもしてんのかと思ったらこのザマだよ。」

「よく僕を見つけれたな。」

「何年の付き合いだと思ってんのかな。」


8.7[もしも世界が終わるなら]

数年前、そんな言葉がネットに掲載された。

あるウェブページのタイトルであり、

そこには鬱病を示唆するような言葉や、

後何日でどこかの芸能人が死ぬとか、
後何週間でどこかのお偉いさんの家が燃えるとか、

そんなことが奇怪な文章で譲ってあった。

SNSを通じてたちまち広がり、

それを見たたくさんの若者が死んだ。

自殺だった。現場は全て海。

死体の多くは流されて回収できず、

現場付近にはたくさんのカニの死骸が残されていた。

『8.8[もしも世界が終わるなら]、それは海の底から始まりそれは巨大なカニである。』

ウェブページに何度も書かれたセリフ、
こんなものを信じてみんな死んだのか?

それが知りたくて僕はここに来たはずだった。


8.9[もしも世界が終わるなら]

これまで考えてこなかったかといえば、

嘘になる。


全て彼女に話したがあらかた知っているようだった。
数年経っても警察はウェブページの出どころすら掴めていない。

流行りはすぎたが、今も多くの人が静かに、
海に沈んでいるだろう。


「警察を辞めてでもしたかったことがそれ?」

「そうじゃないけど。」


「警察に失望しようが、世界を恨もうが、人を愛そうが、人はいつか死ぬんだよ。」


「きっぱり言っちゃダメだろう。」


「いいんだよ。だけど今死んだって天使は迎えに来てくれない。神様は残酷だからね。」


「地獄だろうね。」


「だから生きて。寿命まで生きて、『終わり』を迎えなきゃいけない。」


「君のそういう考えが僕は好きだよ。」


「死なないでね。」


「あぁ。」



「9[もしも世界が終わるなら]、そう思って生きろ。世界が終わるまで一生死ぬな。」

そう言って彼女はキスをした。

流されず踏みとどまる若者がもっと増えれば、
彼女に終わりは来るだろう。






9 [もしも世界が終わるなら]。








9/19/2025, 10:20:37 AM