紙ふうせん

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『逃れられない呪縛』

僕は、生まれてから付き合う女性に事欠くことは一度もなかった。

いつも女性から告白され、ある程度付き合うと、飽きてしまう。飽きるとひとときも一緒にいるのが苦痛になるのでいつだって恋の終わりは同じになる。

「君といても、もう楽しくなくなったよ、だから今日で別れよう」

その時々によって返答は多少違う。

「ねぇ、私のどこに飽きたの?私、直すから、お願い、捨てないで」

「ひどい人!あんなに優しかったのに。ねえお願い。別れるなんて言わないで」

とどのつまり、いい方は違えど、皆泣いて僕にすがり、別れたくないという。しかし飽きてしまったものは仕方がない。

「悪いね、一緒にいたくない相手といるのは僕には苦痛なんだよ」
肩をすくめてみせて、ドアを開け
「さあ、帰ってくれ」という。

泣きながら帰る女、怒りながら帰る女、肩を落として帰る女と相手によって様々だ。

寝心地のいいベッドにドサリと身を沈めながら、「やれやれ、僕は自分に正直なだけなのになぁ」といい、今度はどんな女性と付き合おうか、と考えながら寝る時間が好きなのでウトウトしてそのまま眠りにつく。

ある日のこと。
それはまさに青天の霹靂といえるものであった。僕の方から生まれて初めて恋をした。
燃えるような強い意思を思わせる目つきをした、その女性に夢中になった。

でも、どんなご馳走も毎日毎日食べていたら飽きてくる。例によって、僕はその女性にも飽きてきた。

(どうも僕は誰かとずっといる事ができないようにできているのかな)

そう思いながら、彼女が訪ねてきた日、ドアを開けるなりいいはなった。「すまないが、君にはもう飽きてしまったんだ。だからこれで別れよう」

これもいつも通りだ。ただ少し違っていたのは、僕は少しだけ心残りだったということか。それも驚くことだったには違いない。

爪を噛みながら、(こんな女はこれからもいないだろう。でも飽きがきたんだ、気性が激しそうだから、別れるのに少し面倒が起こるかな)

長いため息と共に、「いや、別れよう。少しでも飽きたのだから、一緒にいてもつまらないだけだな」
そんな独り言をいい、別れを決めた。

だから、彼女が訪ねてくるなりいったのだった。

「別れる?」と彼女がその、意志の強そうな目を見はりいった。

そうだ、僕は、すがりついてこない、意志の強そうな、この目が好きなのだったっけ──

「後悔するわよ」
僕は、びっくりした。
そんなことをいった女は、初めてだったから。

やれやれ、泣いてすがる代わりに脅しかい?やっぱり、他の女たちとは違ってたな──

(まあ、精一杯の虚勢だろう)唇の片側を歪ませて、僕はそう考えた。

そして手を胸の前で大げさに打って笑いだした。

彼女は、その様子をひどく冷静に見ていた。まるで昆虫でも見るような目で。

そのさまに、僕はだんだん苛立ってきた。怒りのままに壁を乱暴に殴りつけ、腹立ちまぎれにいった。

「君の虚勢もなかなかおもしろかったよ」肩をすくめていってのけた。前髪の乱れにも全く気づかずに。

「君が何をいおうと僕はもう、別れると決めたんだ、悪いね」

少しも悪いと思っていない僕に追い打ちをかけるように、淡々と彼女はいうのだった。

「私からではなく、あなたから別れるというと、あなたが後悔することになるわよ」

もう、僕の怒りは限界を越えていた。
あまりの事にこめかみが痙攣し始める。

「後悔?はっ!そんなことするわけないだろう。さっさと帰ってくれ」
ドアの外を指差す手が怒りで震えていた。

こんな屈辱は初めてだ──

すると、彼女は「さよなら」といい残すなり
あっさり出ていった。

「なんて女だ!!」

てっきりすがりついてくると思った女が、逆に脅したのだ。

この僕を!!



週が変わる頃、僕は告白された。

そしてまた、しばらく付き合っては飽きて捨てる生活に戻った。

何人も、何人も。

悪いとさえ思ったことはなかった。

僕を脅した女のことなど忘れた頃、その時付き合っている女性が寄りかかったていた体を一旦離し、訝しげに僕の顔を見る。

「なんだい?」見とれてるのかな?
と思いながら、笑顔でいうと、
「あなたの顔に、薄いシミができてるわ」といった。

え? シミ?

今朝、鏡を見たときは、そんなものはなかった。

その女が帰ったあと、僕は鏡を見る。(なんだ?)

明るいところで見ると、今朝はなかったのに、確かに頬にうっすらシミのようなものがあった。

いやだな、僕のきれいな顔に──

彼はさっそくくすり屋に行き、シミに効く、という薬を買った。
「その程度でしたら、毎日塗っていれば一週間もしないで跡形もなく消えますよ」と店員は笑顔を見せた。

だが、いくら塗り続けても、一向に良くならないのだ。

気のせいか、前より濃くなっているようにも見える。

「そんなシミなんかあっても、あなたが好きよ」女性は優しくいった。

しかし時が経ち、またその女に飽き、別れを告げた。

次から次へと、僕に告白する女性は後を絶たない。

しばらくすると、ひとりの女性が眉根を寄せ、じっと見てから

「付き合い始めた頃より、そのシミ、濃くなっているわ」といった。

さっそくいろんな角度から、鏡で確かめる。
確かにシミはかなり濃くなっている。

僕はとうとう、病院にいった。

軽く考えていたのに、医師は恐ろしいことをいった。

「これは皮膚がんの一種です。一刻も早く取り除かなくては」

僕は震え上がったが、さいわい遺産があるのでお金には困らない。

手術で完全に取り除いたあとも、傷跡ひとつ残らないようきれいにした。
かなりの出費だったが、僕にとってはそれは大した問題ではなかった。

鏡には、また元のシミひとつない美しい顔が映っている。

僕は満足し、また告白された女性と付き合いだした。

ところが、またしてもうっすらとシミができるのだ。

そんなバカな!
僕はどうしてこんなことになるのかさっぱりわからなかった。

シミはどんどん濃くなり、憂鬱な気分を吹き飛ばそうと、ある日一緒に酒を飲みにいった友人が何気なくいった。

「おい、どうしたんだよ、その顔のシミ、よく見ると女の顔に見えるぞ」

そして、こういった。

「えらい意思の強そうな目の女の顔に見えるぜ」


5/23/2023, 3:08:25 PM