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 真唯は礼拝堂と呼ばれる場所に入るのは初めてだった。職員の話では天窓に陽の光が当たるらしい。生憎今日は曇りで、その温もりはなかった。そのせいだろうか。馴染み深くなった白装束が窮屈に感じる。何故こうまで密着サイズにするのか、真唯には理解出来なかった。

「真唯さんは、お祈り今日が初めて?」

「ええ。神様とかは信じてませんけど、祈るのは少し興味があります」

「真唯さんは正直ね」

 彼女の名前を真唯は知らない。最初の頃は誰もが彼女の治療を担当すると名乗った。三井。山本。彼女達は親身に真唯と接した。
 だからこそ、今の担当医は退屈だった。真唯が望むものを決して与えようとしないからだ。

「──さあ、お祈りの時間ですよ」

 白装束の上から手足を押さえつけていたベルトが外される。真唯は軽く指先を曲げた。多少の痺れがあるも、体を動かす支障にまではいかなかった。両腕に力を込めて一気に腰を上げる。

「何分くらい祈るのが普通なんです? 五分? 三十分? それとも一時間近く?」

「そうですね⋯⋯なら、今日は松橋さんが終わりにしたいと思ったタイミングで、終わりにしましょう」

「終わりにしたいタイミング、わかりました」

 そこからは職員の喋りは聞こえなくなった。どうやら祈りの時間は口を開かないらしい。真唯は礼拝堂の奥にある台へ歩み出す。その一メートル程前でふと足が重たくなる。
 結局それ以上進むのは無理だった。真唯は後ろへ振り返る。

「どうかしましたか?」

 職員の声が空間に反響する。真唯は眉唾を飲んで聞くことにした。

「──ここで祈らせることに、意味を感じることあります?」

 礼拝堂中のステンドグラスが軋む。外の風が強まるにつれて太陽は更に雲隠れを始める。

「ありますよ。皆さん、ここに来る時と来ない時で顔色が違いますから」

 再びガラスに風が当たったらしい。職員が静かに目を細めて仰向いていた。

「大丈夫、松橋さんもきっと肩の力が抜けますよ」

 その顔に妙な心地良さを感じた。真唯は白装束の胸元を掌で押さえてみた。微かな震え。血液が静かに全身に送られるための動き。心の深呼吸。
 天窓に細い光の筋が通る。真唯は静かに台へと向き直る。膝をつき、両手を合わせ、真唯は光の筋を視線で辿った。

「──私は、許されないことをしたようです。聞いていただけます?」
 
 真唯が口を一度閉じた時だ。雲が晴れ始めた。あれ程までに、風と雲の空気に閉じ込められていた礼拝堂の床にステンドグラスの模様が浮かんだ。そこに真唯の影が伸びていく時。
 本当に一瞬だった。彼女の背中に羽が生える。偶然の重なりが生んだもの。神の心情など分からない。
 だけれど真唯は天井を見上げる。灰から青と変わった空が映る。誰に言われるでもなく深くお辞儀をして言葉を述べる。

「ママ、ありがとう」

 真唯を産んで子宮を失った母親。全てを与えてくれた人。今は戻ることができない腹の中。

「ああ、神よ⋯⋯あたしは生まれなおしたいのです」

 あの血肉の温かさに触れたい。真唯は十六の時に、母親の中へ戻ろうとした時のことを祈った。狂言を否定することはない。職員は祈りに手を加えない。
 ただその先にある罪に、耳を傾けるため目を瞑るのだった。


『RebeccA』より松橋真唯の話

11/27/2025, 12:35:54 PM