沈む夕日
沈む夕日は最後は地底に落ちていく。
父にそう教わった。
父は昔から不思議な人で、私はそんな父からいくつものことを教えられた。例えば「空は止まっている」だとか「星は輝いていない」だとか。
いや、不思議というより天邪鬼だったのかもしれない。
多くの人が信じる定説を父は悉く否定していたから。
私自身も心のどこかではそんなはずないと思っていた。
だけどこれだけはどうしても否定できなかった。
『沈む夕日は最後は地底に落ちていく』
地底なんてものは無い。だって地球は丸いんだから。私たちから見て沈んでいくように見えても、日本の反対側にいる人からしたら太陽は上っているように見える。その理論はわかる。だけど、私の心はそれを信じていない。
だって、夕日がこんなにも赤いのだから。
あんなにも赤い夕日が反対にいる人からしたらあんなにも白く輝いて見えるなんて、有り得ないじゃないか。少なくとも私には信じ難い。
父も私も、きっとこういうことを言っているのだと思う。
少し想像してみる。
夕日が私にはもう見えないところまで沈んだ。沈んだ夕日はそのまま落ち続けて、地底までたどり着く。そうすると地底に住む人々は久方ぶりの日光を浴び、農業を行う。そうしてまた夜が明け、日は昇っていく。
なんて浪漫のある考えだろう。どんなに有り得ないと否定されようとも、私にはそれを完全に知る術がないのだから、それを裏切ることは無い。
日が降りてきた。久方ぶりの日光はこんなにも気持ちの良いものだっただろうか。ぽかぽかと暖かく、体だけでなく心までも暖まっていく気がする。
だんだんと瞼が重くなってきた。日が降りていない間のここは少しも光が届かないためひどく寒い。その寒さを耐えながら眠りにつかなければならないため、私たちにとっての眠りはひどくつらいものだ。
しかし日が降りている間は違う。私たちに暖かさをもたらされている間は普段苦しまされている寒さを気にすることなく心穏やかに眠ることが出来る。
しかしこうしている場合ではない。日が降りている間に作物の世話をしなければ。
植物の成長に必要不可欠な日光が当たっている間にここの植物は急成長を果たす。
収穫期になる前に水をやり、余計な草を取り、栄養を与えなくてはならない。
ここ地底での暮らしは君たち地上人とは違いやることも苦痛も段違いに多いのだ。
4/7/2024, 10:12:31 PM