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 君は僕の推しだった。

 教養英語で同じクラスになった君は、クールで近寄りがたい印象だった。ある日いつも隣にいる友達が休みで後ろの席の僕とペアワークすることになった。実際に話してみると、意外とふわふわしていて、人懐っこくて、話すたびに自分しか知らない一面を見たような気持ちになった。君の世界と接点さえあれば気づけるのだけど。事実、連絡先を聞くのは同じクラスの僕達だけじゃなかったし、君が友人達と無邪気に笑うのをよく見るようになった。

 僕の存在が認知されてからは、学内で会えば挨拶すると返してくれて、授業のことなんかで時々LINEもした。来年はかぶる授業がなさそうだから、現場で会うことも少なくなるだろうし、推しからレスをもらう機会はなくなりそうだ。

 春休みを目前に控えて、浮かない気持ちを抱える中、期末試験前の混み合う図書館で、君を見かけた。本当は少し離れたところにも空きがあったけど、隣の席に座った。別に不自然じゃないだろう。座る時に目が合って、手を少し挙げて合図する。控えめに微笑みながら、机の上に置いた手を小さく振って、すぐ視線を戻す君。

 寒さも相まってやけに静かだった。集中が切れると、横にいる君が気になった。有線イヤホン、何を聴いているんだろう。クラシックとかかな。食堂ではよく友達といるけど、勉強は1人派なのかな。

 閉館時間になり、学生達がぞろぞろと出口に向かう。いつもならバス停に急ぐけど、もたもたと準備をした。君はマフラーを巻き終えると、会釈して先に歩き出す。
やっと図書館を出たところで、追いついて声をかけた。

「あ、お疲れ。」
「うん、お疲れ。」
 君ははにかんだ笑顔で続ける。
「けっこうお腹鳴っちゃったかも。聞こえた?」
「え、全然気づかなかったよ。大丈夫だと思う。」
「そっか。よかった。」
 そう言って、君は何事もなかったように前を向いた。

 別れ際に、ただ一言かけたいだけだった僕は、少し舞い上がっていた。
「あのさ、もしよかったらだけど、ご飯でもどう?奢るよ。」
 マフラーを口元まですっぽり巻いた顔がこちらを向くと、君はきょとんとした目をしながら少し首を傾けた。
「いや、大丈夫。奢ってもらう理由もないし。」
 さっきと同じ優しい口調なのに、若干温度が下がっていた。どうやら推しとの距離感を間違えたみたいだ。
「そっか。うん。えっと、じゃあ、試験頑張ってね。」
「うん。お互い頑張ろうね。風邪引かないように。」
 僕のぎこちないガッツポーズに君がふにゃりと笑う。

 今度は僕が先を歩いて、早足でバス停へと向かった。推しが笑ってくれたんだから、それでいいじゃないか。
冷たい風で頭を冷やしつつ、君の笑顔を思い浮かべた。







9/28/2024, 6:25:12 PM