『あの頃の私へ』
高校へ進学する際、長く伸ばした髪をバッサリ切った。
誰も知り合いのいない高校へ心機一転、高校デビューというやつだ。
知り合いなんていないから、本当は髪を切る必要なんてないんだけど、こういうのは気持ちが大事だからね。
『あの頃の私よ、さようなら』みたいな……
マア、ある種の儀式だ。
中学校時代の私は、いつも教室の隅で一人うじうじていた典型的な陰キャだった。
高校生になった私は違う。
誰とでも話が出来る陽キャに、華麗にクラスチェンジ。
目指せ友達百人。
のはずだったのに、友達百人どころか、一人も出来ず。
もともと話すことが苦手だった私に、ちょっと気合を入れたくらいで、話がうまくなるわけがない。
コミュ障の私には、どだい陽キャは無理な話だったのだ……
今日も一人寂しく、お弁当タイム。
陽の気に満ちた教室を出て、校舎の隅にあるベンチを目指す。
今から行く場所は、この時間ちょうど影になって日が当たらず、風通しも良くて居心地がいいのだ。
それに他の場所からは見えにくいことも高評価。
こういう陰気臭い場所を好むのは、やはり私が陰キャだからか?
ちょっと憂鬱になりつつ、行く途中の自販機でお茶を買う。
そして意気揚々とベンチに向かえば、なんと先客がいた。
お互い、予想しなかった出会いに、お見合い状態になる。
どちらも硬直し、何も言わない時間が過ぎる。
なんて言うべきか考え居ると、先客の彼女が口を開く。
「そこ座って下さい」
「あ、ありがとう」
彼女の勧めるまま、私はベンチの反対側の端に座る。
出鼻を挫かれたが、やることは変わらない。
あとは飯を食うだけである。
風が優しく頬を撫でる。
今日はもう一人いるが、やはりここはいい場所だ。
弁当を食べる前に、自販機で買ったお茶を口にする。
予定外の会話で喉乾いたんだよね。
くう、冷えたお茶が身に染みていく。
「あの……」
お茶を飲んでいると、声を掛けられる。
私はお茶を口に含んでいるので、顔を向けるだけにする。
「上村さんだよね」
「!」
なんで私の名前を?
知り合いか?
一瞬クラスメイトかと思ったが、見覚えが無い。
クラスメイトの名前は一致していないが、これだけは断言できる。
ネクタイの色を見る限り、同学年であるみたいだが……
「私、中島です」
中島、中島……
駄目だ。
全く思い出せない。
自分の事を、一方的に知られていることに、少し恐怖を感じる。
この子、いったい何者?
「上村さんに前から聞きたいことがあって」
私が悩んでいる間も、中島さんの話は続く。
ほとんど初対面だと思うけど、そんな相手に聞きたい事ってなんだろう
私は動揺する心を落ち着かせるため、もう一度お茶を口に含む。
「なんで髪切ったの?」
「ブフッ」
あまりにも予想外の質問に、私は口に含んでいたお茶を噴き出す。
入学前の私を知ってる!?
この子いったい何者?
「上村さん、髪長かったよね。 肩まで伸ばしてた」
「うん……」
「似合ってたのに、なんで切ったの」
「えっと、飽きたから、かな」
さすがに高校デビューとは言えぬ。
詮索されたくないので、こちらからも質問する。
「えっと、ゴメン、中島さん。
どこかで会った?
全く思い出せないんだけど……」
と私が聞くと、中島さんの顔が赤くなっていく。
やっぱ忘れられてたらショックだよなあ。
「ゴメンね、私記憶力悪くて」
「えっと、違うの。
話すのがこれが初めてだから、知らなくても仕方ないの」
「どういう事?」
「私、上村さんのファンで……」
「ファン?」
ファンだって。
私にファンがいたとは初耳だ。
「中学校の時、上村さんの体育の時の姿を見て、カッコいいなあって思てって」
『中学の時』というからには同中か。
それにしても、体育の授業ね。
私は自慢じゃないが、運動神経は良い。
体育の授業では、割と頼りにされていた。
クラブにも入ろうかと思ったけど断念した。
コミュ障の私に、チームプレイが出来るとは思えなかったのだ。
「体育の時の上村さん、本当にカッコよくて。
他の運動部の子と、対等に渡り合って、みんなでカッコいいって噂してましたもん。
多分私以外にもファン居ますよ」
なん、だと。
恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになった感情を抱く。
てっきり私の事を、体育の時に調子に乗るオタク野郎と思っているとばかり。
あの頃の自分に教えてあげたい。
そうすれば陽キャの仲間入り――は無理だな、うん。
「それでですね。 卓球やりませんか?」
「え、なんで?」
話の流れを無視して、いきなりぶっこんで来た。
なんでそうなる?
「私、卓球部なの」
「ああ、それで……」
なるほど、私の運動神経を見込んで勧誘か……
普通なら『めんどくさい』で断るのだけど。さっき褒められてしまったので、結構まんざらでもない。
「でも私素人だよ。大丈夫なの?」
「大丈夫。 部員は私も含め、高校からの人間しかいないからね」
「……それ、別の意味で大丈夫なの?」
まあ、経験者がいないなら、練習もきつくなく、楽しくやれるかもしれない。
それに友達百人計画は、まだ完全に諦めたわけではないのだ。
「うん、分かった。いいよ」
「それでね。 私とペアを組みませんか?」
「いやいやいや」
この子、ファンって言ってたけど、距離の詰め方えぐいな。
もしやがガチ勢というやつか
「あの、卓球のこと知らんけど、もう少し様子を見て決めるもんでは?」
「大丈夫、みんな下手すぎて誰と組んでも一緒なの」
「とんでもないトコだな……」
早まったかなと、少し後悔する。
「そんな感じなので、上村さんならすぐレギュラーですよ」
「分かったよ。
ま、楽しくやるさ」
◆
そんな安請け合いをした後、私たちはペアを組み、練習を積みかさね、そしてインターハイで優勝しました。
高校を卒業した後も、大学に入った後も卓球で大活躍……
今ではプロの卓球の選手になりました。
もしあの頃の私へ言っても、絶対に信じないんだろうな。
今でも夢じゃないかと疑ってるもん。
本当、人生って分からんね。
5/25/2024, 3:50:51 PM