薄墨

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横顔が見える。煌々と目を輝かせた笑顔の横顔が。

口角を吊り上げ、歯を剥き出す、まるで胸の高鳴りをそのまま人の顔に閉じ込めたみたいなその表情が、私は好きだ。
そのぎらぎらした貪るような目線の先には何があるのか、私は誰よりも知っている。

だから私は、その横顔の肩を叩く。
「次だからね、しっかりしてよ」
「分かってる。終わったら、お疲れ様とかよろしく」
彼女は、目線を外さずに声だけで答えた。

終わった後のことなんか、考えてないくせに。
私は口だけでそう言って、横顔をまた、見つめる。

「わ、笑ってるの?」
後ろからのおずおずとした声に、ああ、と私は答える。
「あなた、編入生だから…ウラのあいつ、今回初めてみるんだったね。ウチではいつものことなのよ。ほら」
私は身体をずらし、自慢の横顔を見せてやる。
「あいつ、楽しそうな顔するでしょ?だからつられてね。毎回恒例よ」
「あ、あの…楽しそうというよりはその……鬼気迫ってるっていうか、ケンカ前みたいな顔してるように見えるんだけど…?」

困ったような顔に、私は思わず笑ってしまう。
ムッとしたような、困惑したような声が、私の笑い声にかぶさる。
「…だって、あんな戦いの前みたいな顔…」
ふふっ。「とても合唱部とは思えない、でしょ?」
驚いたような顔で、彼女は黙り込んで…
「そう」絞り出すように言う。
「うん、みんな驚くよね。でもアレがあいつの最高に楽しい、気合い入ったー!って顔なのよ」
「そして、あんな顔してるのに、誰よりも実力があって、綺麗で、優しい声なのよ、あいつは」
そう答えると、彼女は少し俯いて、
「うん。それは知ってる」
「でしょ?」私は、後ろの部員たちに笑いかける。

「さあ!あのコーラスバカのスイッチも入ったことだし、あいつに全部持ってかれないように頑張るわよ!
あいつは確かに上手いかもしれないけど、ブレーキなんかないんだから!」
最高の笑顔を浮かべながら、私は続ける。
「私たち、ハンドルの強さを見せてやろうじゃないの。最高のエンジンを使ってね!」
部員たちの気合いの入った顔を一瞥し、私は“最高のエンジン”…それから、その先にあるステージに向き直る。

正直なところ、私はこの瞬間が一番、胸が高鳴る。
あの横顔をステージ裏で見る、そしてその横顔と共にステージに上がる、この瞬間が。

拍手が止む。
沈黙の降りる会場に、私たちは並んで、一歩を踏み出した。

3/19/2024, 11:36:29 AM