Ichii

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暗がりの中で

いつかの自分にとって、歳をとることは出来ることが増えて世界が広がる事だった。自由にお金を使って、好きなものを買う。友達といろんな所に遊びに行く。自分のペースで日々を過ごす。そうしたささやかな憧憬と共にここまで来た、はずだった。
外回り中にやむを得ず段差を飛び降りた時に足首に痛みがはしって、昔はこれぐらいの段差なら痛みもなく降りれたのに、と愕然とした時に、これまで忘れ去っていたいつかの希望がぶわりと蘇った。
自分は今、何をしてるのだろう。さっきまで仕事の段取りだけを考えていたのが他人事のように、思考はすっかり過去へとすり変わっていた。これまでが夢だったような、不可思議な現実感に苛まれて、急に見知らぬ場所に1人取り残されたような心細さに体が震えだしそうだった。きっと、見ないふりをしていただけだった。もうすっかりやりたい事なんて、いつかへの希望なんて持ち合わせてないことなんか、自分が一番わかっていた。目標もなく生きるのなんて、終わりのないトンネルの中を彷徨うようなものだ。歳とともに確かに出来ることは増えた。けれども、それと同じくらいかそれ以上に失ってきたものもある。失ってきたもののなかには、無くしたくなんてなかったものが、沢山あった。大事に抱え込んできたものを置き去りにしてしまった自分に、やるせなさがある。けれども、それ以上にそれらの犠牲に報いることが出来るほどの人生を歩まなければ、人並み以上にならなければ、捨ててきたもの達に到底顔向けできないとも思ってしまう。私は、いつか許される日が来るのだろうか。自分を許せる日が来るのだろうか。ひとつだけ確かなのは、それまでの自分は、きっと暗がりのなかに居続けるということだけだった。

10/28/2023, 10:56:36 AM