今朝、発熱してしまい仕事を休ませてもらった。と、言っても、俺が自ら休んだと言うより、起きられない俺を心配した恋人が俺の職場に連絡をとってくれていた。
「ご飯、持ってきましたよー」
彼女がトレーを持って寝室に入ってくる。
持ってきてくれたのは、たまご粥とプリンと栄養ゼリー。カットフルーツもある。
「俺、寝ている時に買い物行ってきたの?」
「あ、はい。ガッツリ食べられそうならお野菜蒸しますよ」
「ううん、今あるやつで充分だよ」
お椀に分けて、俺に差し出す。
それを見て俺は少し甘えてみようかなとイタズラ心が生まれた。
俺は口を開けて、少し上を向く。彼女の方に口を差し出す形をとる。
「あーん」
「ふえ!?」
「あーん」
折角ならね、食べさせてもらおうかなと。
「あーん」
「え、え……」
照れもあるのか、どうしようかと挙動不審になる。
「疲れちゃう。はーやーく」
「あ、ごめんなさい」
慌てて彼女はマスク越しにふーふーする。空気がマスクに遮断されたのか、マスクを外してひと口分のたまご粥に向けてふーふーし始める。
――ぱく。
ん!?
もくもくと口を動かす彼女。当たり前の動作に俺まで呆然としてしまった。そして、こくんと飲み込んだ。
「あ!!!」
「あははははははは」
「いや、ごめんなさい、ちょ、笑わないでください」
「あはははは、ふっくくくくく……んふふふふ」
「抑えきれてませんよ!」
ダメだ、完全にツボった。
彼女は真っ赤になりながら慌てている。
「いや、だって、自分で食べる時も、あ、いや、もおぉおぉおぉ!!!」
「あはははははは」
笑い過ぎて、疲れて起こしていた身体を倒した。
「あ、あ、大丈夫ですか……?」
「いや、少し疲れちゃった」
彼女は慌てて立ち上がり、部屋を出ていったかと思えば、居間のソファに置いてあるクッションを持ってきた。
その後、自分の枕も持ってくる。そして、俺の身体を支えながら起こしてくれた。その後、背中にクッションやら枕を挟んだ。
「寄りかかれますか?」
「ありがとう」
枕とクッションを背もたれにした。
そして、もう一度たまご粥を掬い、ふーふーする。
「食べないでね?」
「食べません」
「んふっ……」
「笑うなら食べさせませんよー」
「ごめん、食べさせて」
「はい、あーん」
さっきのやり取りのおかげか、最初の照れはなくなったみたいだった。ちゃんと口元へ運んで食べさせてくれた。
卵の甘さと軽い塩味が美味しい。
「食べられそうですか?」
不安そうに俺を見つめる。飲み込むと自然と口角が上がった。
「うん、食べられる。でも、自分で食べようかな」
「え、いいんですか?」
彼女からたまご粥のお椀を受け取った。
「うん。俺が食べた後にうっかり食べちゃったら大変でしょ……んふふ……」
「心配してくれているのは分かるんですけど、なんか腹立ちます」
「ごめん、しばらくツボってると思う」
「むー!」
唇を尖らせている彼女だけれど、彼女の天然的なうっかりに、これ以上にないくらい面白かった。
いや、本当に忘れたくても忘れられない。
おわり
一五四、忘れたくても忘れられない
10/17/2024, 1:55:29 PM