未知亜

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ㅤ思った以上に風が強かった。頬に当たる髪が不快で、手首に掛けていたヘアゴムで縛る。こぼれた毛筋を何度か手で払った。意味が無いと知りながら。

ㅤ船尾に近い場所を選んで座っている。小さな渡し船だった。前の方には若者の集団がいて、なにやら騒がしかったからだ。
ㅤ目線の下で白波が立つ。顔を上げると、白い泡が真っ直ぐな線を描いていた。

ㅤ同じほうを向いたまま、あなたがなにか呟いた。その顔を覗き込むように、私は「なに?」と聞き返す。びゅうびゅうと吹き付ける風に、すべて飛ばされてしまいそう。
ㅤあなたは目を剥いてから、ちょっとだけ私を見た。聞こえているとは思わなかったのか、声を出したつもりがなかったのか。

「人の来た道も、見えたらいいのに」
ㅤゆっくりと噛み締めるように、あなたが言った。
「どんな速度で、どこに向かうのか。こんな風に、分かりやすく」
ㅤ真っ直ぐに伸びていた船の軌跡は、あなたが指差したと同時に、斜めにキュッと進路を変えた。


#100
『軌跡』

5/1/2025, 9:44:29 AM