靉葉

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‘’ゆーきーやこんこ、あーられーやこんこ、ふってーはふってーは……‘’
外から子供の歌声が聞こえてきた。
「今朝は雪が降るほど寒いのに、元気でええなぁ。」
隣で横になっている彼女に声をかけた。
『そうやねぇ。本当に元気がよろしくて羨ましい限りやわぁ。うちもまた、外に出たいなぁ。』
子供の頃からずっと一緒にいた幼馴染であり、俺の彼女。そいつは、まだ20代だというのに病におかされている。ここ最近は起き上がれないくらいに体調が優れないらしい。
「そんな弱音なんか吐いて…お前も治療を続けとったら病気なんてどっかに飛んでってしまうがな。また俺に、元気な姿見せてぇや。」
俺には病気を治してあげることは出来ない。
彼女の為にしてあげられることと言ったら、元気づけてあげることくらいだ。気休め程度にしかならないだろうが。
本当なら俺が彼女を病気から救ってあげたい。外に連れ出して、2人でまだしたことない、旅行もしたい。
でも、それは多分叶わない。
医者が言うには、彼女の病気が治る確率は10%にも満たないらしいから。
そしてつい先日、余命宣告もされてしまった。
長くてあと…1年、と。
「ふふ、ありがとうな。うちがこんな姿になるまでそばにおってくれて。あんたくらいやわ。うちのことこんなにも元気づけてくれる人。」
日に日に弱っていく彼女の姿を毎日見るのは、正直辛い。俺が変わってやれたらって何度も思ったことある。それに、どうしてあんなにも優しい彼女が病気になって、余命宣告なんてされなきゃいけないんだって、神様を恨むことだってある。
でも、俺は彼女と一緒にいたい。それが辛く、苦しく、悲しい別れを知ることだとしても。
『それは大袈裟やて。それに、お前はどんな姿でも可愛ええよ。だから一緒におるんや。好きでなかったら毎日ここに来ぉへんよ。』
「そんなことないやろ。内心、こんな病気のやつと付き合うんやなかったーとか思っとるんやろ?もうすぐ死ぬ私なんかとおっても時間の無駄やよ。」
雪は、なんでいつもそんなに、自分を否定するのだろう。
『いつ俺がそんなこと言ったんや?1ミリもそんなこと思ったことないわ。雪、お前は俺にとって生きる理由そのものや。だからそんなこと言わんで、一緒におってくれ。』
出来ることなら、死ぬ直前まで、雪の生きた姿を見ていたい。
「あんた、ほんまにバカやな。まだ若いんやから色んな子と遊んでくればええのに。」
…若いから色んな子と遊ぶ?誰と?俺には雪しかいないのに…
『んなことできるかい。お前みたいな彼女がいるってのに。俺がどれだけ雪のこと大好きなのか、知っとるやろ?』
今まで、数え切れないほどの愛を伝えてきた。はず。
「雷(らい)はうちがいないと生きていけんもんなぁ。でも、こんな死が目に見えてるやつなんかとおったら、あんたまで不幸になってまうかもよ?」
愛がちゃんと伝わってたのは良かった…でも、不幸になるって…何の話だ?
『雪の隣に居られるなら俺、不幸になってええ。なんなら死んでもええんや。駆け落ちでもなんでもしていいから、雪と一緒に居たいんや。』
時々、ちょっと考えてた。このまま雪と駆け落ちするのもいいなって。
「駆け落ちて、あんたほんまバカや。まぁ、嬉しいけどなぁ。雷がそこまで考えてくれてるなんて…」
嬉しい…?なら……
『……本当にするか?駆け落ち。』
もしかしたら本当に、してくれるのか…?
「え?何言っとんのよ。私の命はもうすぐ終わるけど、あんたはまだまだこれからや。先の人生長いで。雷、あんたが私の分まで生きてぇや。そして、幸せになってな。……っ…うぅ…」
もうすぐ死ぬって分かってるんだ。そりゃ泣きたいよな。もっと、もっと泣いていていい。一生分の涙を、流してくれたって構わない。
『…雪がそのセリフを言うのにどれだけ勇気がいったのかはわかる。でも俺は、雪やなきゃ無理や。居なくならんとってくれ。お前の分まで幸せになんか、なれんよ…雪やなきゃ、もう、だめなんや…俺っ…』
頼むから、そんな事言わないでくれ。そんな約束できない。雪がいない人生なんて、考えられない。
雪とじゃなきゃ、幸せになんてなれない。
「……!そんなこと、言っとったら絶対あかんっ!うちの分まで幸せになるって約束してくれんかったら、成仏できへん!」
雪、わかってくれないのか?いや、雪は俺の1番の理解者なんだ。ちゃんとわかってるに決まってるか…雪の勇気を無駄にしているようで申し訳ないが、やっぱり無理なものは無理だ。
『無理なものは、無理なんや…雪、なぁ雪、頼むから、俺を残して、逝かんとってくれ…』
先に死なれるのは、やっぱり嫌だ。俺よりもっと、生きて欲しい。
「…ほんまは、うちやってあんたとずっと一緒にいたい。雷の隣にうちやない誰かがおるなんて、絶対に嫌や。でも、神様は許してくれへん。多分うちが、雷と出会って、たくさんの幸せをもらいすぎたからや。バチが当たったんやわ。当然の報いやと思って、死を受け入れる。うちにはな、それしかもう、道は残されてへんのや。」
いや違う。雪は何も悪くない。俺が、無力だからだ。
『俺が、雪を助けられるほど、強かったら。でも俺には、何も出来へん。ほんまダメな男やわ。ずっと隣におるのに、見守ってることしか、出来へん……ほんま、ほんまにごめんな、雪。ごめん…ごめん…っ!』
何も出来ない自分は、もう…
「まったく、また泣いて…男がみっともないで?ほんまに泣きたいのは、うちのほうなんやからな…」
いつの間にか涙が大量に溢れ出ていた。辛いのは、俺よりも雪の方なのに。
『…う、うん。ごめんな…ほんまに、かっこ悪いよなぁ。』
本当に自分はかっこ悪い。
「何言っとるの。あんたはすっごくかっこええよ。いつも雷が私を、助けてくれたやないの。」
雪は…気が強くてよく男子に喧嘩売って泣かされてたからな。その時は助けられた。でも…
『でも、本当に助けなあかん時に、何も出来んのや。今やってそうやろ?』
雪が病気に苦しんでいるのを、ただ見ているだけ。
「雷が隣におってくれるだけで、うち、助けられとるよ。あんたがおらんかったら多分もう死んでたわ。わからんけどな…」
隣にいるだけで…?俺と一緒だな…
もう、暗い話するのはやめよう。
また雪を泣かすことになる。
無理やりにでも、笑顔を作るんだ。俺。
『…わからんのかいな笑』
今、ちゃんと笑えてたかな。
「うん、わからん!笑」
あ、今の笑顔、可愛かったな。
『そっかー、そっかー!俺、できるだけ長く雪の隣におるから。安心せえよ。』
俺がそばにいる時だけは、苦しみを忘れて欲しい。
「うん、期待しとるわ。…ふわぁ…ちょっと眠くなってきた…寝てもええ?」
そういえば、長話してしまったからな…身体を第一に考えてもらわないと。
『もちろんや。雪が目覚めるまで、ずっと隣におるわ。安心して眠れ。』
ずっと、ずっとら一緒にいるから。雪の死は確実に近ずいている。でも、もう怖い思いはさせない。
「…ありがと。ほな、おやすみな。」
お礼を言うのは俺の方だけどな。
『うん、おやすみ。』



ゆーきーやこんこ、あーられーやこんこ、ふってーはふってーは……


これは多分、4歳くらいの時の記憶。夢に見るのはとても久しぶり。でも、雷との思い出だから、どれだけ古くても鮮明に覚えてる。
この日は雪の降る、とても寒い日だった。私が寒いから手を繋いでって言ったら、雷がいいよって言ってくれたから、雷と手を繋ぎながら、この歌を歌った。
懐かしいなぁ…あの時は、悩みなんて全然なかった。
あの頃に戻れたら…なんて、願ってもどうせ叶わないんだけどね。時を戻すことなんて、出来ないから…

…来年の雪が降る頃には、私はもう、多分この世にはいない。
でも、雷、あなただけには、幸せになって欲しいの。何がなんでも。ずっと、空から見守ってるから。
来年は、空から降ってくる雪を見て、私のことを思い出してね。

1/7/2023, 3:46:21 PM