「「あ、」」
綺麗にハモった。当然だ。目の前で、結んでいた靴紐が切れたから。不吉だな、とか引っ張りすぎだ、とか言いたいことは色々とあったが、とりあえず。
「……靴紐って、マジで切れるんだ……」
この一言に尽きた。アニメや漫画なんかで、不幸への伏線として使われがちな現象。リアルでお目にかかれるとは思わなかった。しかし、不吉であることに変わりはない。
今日は不幸を示唆するとされる現象に立ち会いすぎている。今の靴紐だってそうだし、黒猫になんて4回も横切られた。さらに、日付は13日の金曜日。不吉のオンパレードだ。
だからといって、特に何かあったわけでもなかったが。拍子抜けだったな、なんて靴紐が切れた例の友人と歩きながら、本屋へ寄り道をしていく。なんてことはない、日常風景だった。コミックの新刊コーナーを軽く見て、文芸本の新作を見て。グラビアアイドルが表紙を飾った雑誌を食い入るように見つめている友人を本から引き剥がして、新刊コーナーで気に入ったコミックを数冊買って帰る。それだけの日常、だった。
バタフライエフェクト、という現象がある。ほんの小さなことが、巡り巡って大きく事を動かす現象。目の前の惨劇を見つめる体は、混乱と羞恥で震えている。なのに、そんなことを考えられるほど頭は変に冷静だった。
5度目の黒猫の登場に気を取られた友人が、切れてほつれた靴紐の端を踏み。そのせいでよろけて、僕に向かって倒れてきた。バスケ部でエースを張れるような高身長の奴を、帰宅部で大して運動もしない、上背だけあるヒョロガリが受け止められるわけもない。2人して仲良く、地面に倒れ伏すことになった。咄嗟に自分を下敷きにして俺を庇うあたり、この友人はバカだが根っからの良い奴なのだ。
無理に俺を庇ったせいで足を挫いたらしいそいつに、なんとか肩を貸してやる。俺が貧弱すぎて、途中何度か諦めかけた。
家に着いて、軽く足に湿布を貼ってやって、応急処置を終える。無遠慮にキョロキョロと俺の部屋を見回していた彼が、ふと言った
「あれ、お前バスケやってたの?」
ああ、間違いなく、今日は俺にとっての厄日だったらしい。あの不吉な現象の連続は、今のための伏線だったのだろう。
部屋に未練がましく飾られたバスケシューズとトロフィーを横目に、俺は自身の左足をそっと撫でた。まっすぐ射抜くような彼の視線には、気付かないフリをして。
テーマ:靴紐
9/17/2025, 6:30:22 PM