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彼は、筋金入りの嘘つきだった。

「なあ、今日抜き打ちテストあるらしいぞ」

朝一番、机に突っ伏していた私の耳元で、わざとらしく囁く。

「え、ほんと!?」

慌ててノートを開いた私を見て、彼はすぐに吹き出した。

「うっそ。引っかかるの何回目?」

「最低なんだけど!」

抗議しても、全然悪びれない。
むしろ楽しそうに笑っている。

「だってお前、毎回ちゃんと信じるじゃん」
「それは…信じたいからでしょ!」

そう返すと、彼は一瞬だけ黙って、
「そーいうとこな」
って、少しだけ優しく笑った。

意味なんて、考えたこともなかったけど。

「あとさ、今日体育でシャトルランらしいぞ」
「え、やだ最悪…」
「これも嘘だけど」
「もうやめて!!」

くだらない嘘ばっかり。
でも、その時間が嫌いじゃなかった。

むしろ、ずっと続けばいいと思ってた。

――そして、4月1日。

「なあ」

いつもより少しだけ静かな声で、彼が呼ぶ。

「残念。俺とお前、明日からもう会えないな」

また始まった、と思った。

「はいはい、今日はエイプリールフールだもんね」

流すように笑って返す。

「なんで?」

一応聞いてやると、彼は少しだけ視線を逸らした。

「んー、病気になったから?」

やっぱり。
いつも通りの、つまらない嘘。

「雑すぎ。もっと面白いの考えなよ」

そう言うと、彼は小さく息を吐いた。

「……だよな」

その声が、やけに弱くて。

一瞬だけ、違和感がよぎる。

「てか、もう帰るね。電車の時間あるし」

カバンを持って立ち上がる。

「おー」

軽く返ってくると思ってた。

でも。

「なあ」

呼び止められて、振り返る。

彼は、いつもの笑顔を作っていた。

なのにどこか、うまく笑えていない気がした。

「もう、嘘には騙されねーか」

冗談みたいに言って、少しだけ目を細める。

「当たり前じゃん。何回騙されたと思ってんの」

笑いながらそう返すと、彼は「そっか」とだけ言った。

その一言が、妙に静かで。

でも私は、深く考えなかった。

だって今日は、エイプリールフールだから。

「じゃあね」

手を振って、そのまま背を向けた。

彼が何か言いかけた気がしたけど、聞き取れなかった。

――それが、最後だった。

それから彼は、学校に来なくなった。

最初は「どうせまた嘘だろ」って笑っていた周りも、
次第に何も言わなくなった。

名前を呼ぶ人も、いなくなった。

理由も、何も知らされないまま。

ただ、時間だけが過ぎていった。

一ヶ月後。

放課後、呼び止められた先にいたのは、
彼の母親だった。

どこか彼に似た目元で、静かに頭を下げる。

「これ、あの子から預かっていて…」

渡された封筒は、少しだけしわになっていた。

見慣れた字で、私の名前が書かれている。

手が震えて、うまく開けられない。

中の紙を広げた瞬間、視界が滲んだ。

『好きだった。ずっと』

短すぎるその言葉が、胸に刺さる。

『お前、嘘すぐ信じるからさ』

思わず、笑いそうになる。

ああ、まただ。
最後まで、こんな調子なんだ。

『だから、俺が隣で守ってやりたかった』

ぽたり、と涙が落ちて、文字がにじむ。

『最後くらい、本当のこと言ったのにな』

――息が止まる。

頭の中で、あの日の声が何度も響く。

「病気になったから?」

あれが。

あれだけが。

唯一の、本当だったなんて。

『最後まで見抜けなかったな』

責めるようでも、笑ってるようでもあるその一文が、
どうしようもなく彼らしかった。

手紙を握りしめたまま、声が出ない。

会いに行けばよかった。
もう一回、ちゃんと聞けばよかった。

嘘かどうかじゃなくて、
ちゃんと、向き合えばよかった。

全部、遅いのに。

エイプリールフールなんて、大嫌いだ。

#エイプリールフール

4/1/2026, 3:10:39 PM