葵桜

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#3『コーヒーが冷めないうちに』

「あつっ!」
「ふふ、猫舌だもんね笑」

淹れたてのコーヒーを涼しい顔で飲むあなたとは反対に冷めていないとコーヒーを飲めないのが悔しい。猫舌の原理は分かってる、対処法も分かってる。でも、いつのまにか無意識にいつものように飲んでしまう。

「頑張って〜笑熱い方が美味しいよ?」
「んー、うるさいなぁ笑」

いつも熱いものを食べたり飲んだりするときのお決まりの言葉を投げかけてくる。自分も言われるのは分かってるから、きたきたと思いながら返す。これがなんだかんだ楽しいのだ。

でも…、なんだか今日は違った。いつも通りに熱々のコーヒーを淹れて、あなたに渡す。あなたはいつも通りに笑ってお礼を言ってくれるのだけど、私には分かる。なんだかぎこちない。変だなぁと思いながら、隣に座る。横目で見るあなたは涼しい顔をしてるけれど、一口飲んでそれっきりだ。

「あつっ」
「…」

いつものように反応してくれなかった。あなたは黙ったままでどこか緊張してるようだった。

「どうしたの?なんか体調悪い?」
「…ううん?!大丈夫よー!笑」
「本当に?なんかさっきから変だよ?」

気になって、たってもいられなかったので聞いてしまった。その後あなたはまた黙ってしまったので、すごく後悔した。

「ご、ごめん、ちょっとあっち行っとく」

この雰囲気が嫌でつい逃げ出してしまった。手に持ったコーヒーの熱さを忘れるくらいに何も考えられなくなっていた。それからどれくらい経っただろうか。いつのまにか私はベッドの上で寝ていて、コーヒーもすっかり冷めてしまっていた。嫌な予感がしつつもリビングへ向かう。案の定、あなたはどこにもいなかった。机の上にはメモと淹れたてであろう、熱々のコーヒーが置いてあった。

『コーヒーが冷めないうちに帰ってくるから待ってて』

「どういうこと…」

わけわからなかったが、少し安心して無意識にコーヒーに手が伸びていた。そして唇に近づけた瞬間、思い出した。

「そういえば今日…」

すると、突然玄関から扉の開く音が聞こえた。音を立てないように歩いているのか足音が聞こえないが、あなたが帰ってきたんだなと私には分かった。

「あ…おはよう!」
「うん…おはよ、どこ行ってたの?」
「いや、まあまあ、これ買ってきたからとりあえずちょっ
 と待ってて!ちゃんと説明はするから!」

さっきまで静かだったのにテンションが上がったのか、動きがいつもより素早くてつい笑ってしまった。また姿が見えた時には、片手にケーキ、片手にプレゼントを持っていた。

「昨日はほんとごめん、今日のサプライズで緊張しちゃ
 って全然話聞いてなかった。君が部屋を出ていってか
 らもどうすればいいんか分かんなくて…」

まさかの私の思っていたのとは真反対のことだった。どうやら、昨日は早く私を寝かせて、早朝にケーキを買いに行って朝起きてからのサプライズをしたかったらしい。どうすれば早く寝てくれるかずっと悩んでたみたいでつい吹き出してしまった。これは私が悪いなと思うと同時に少ししょんぼりしつつも真剣な顔で謝ってくれるあなたを見て、なんだかさっきまでの嫌な気持ちが全て吹き飛んだ気がした。

「だから、本当にごめんなさっ…」
「ごめん。私が勝手に決めつけて逃げてた。だから、あ
 なたが謝る必要はないよ」
「え」
「サプライズありがとう、本当嬉しい」
「うん、よかった。誕生日おめでとう。生まれてきてく
 れてありがとう」
「うん…うん」

生まれて初めての言葉に感動でいっぱいで涙が出てきた。お互いに抱きしめたその後のコーヒーはまだとても熱かった。

9/26/2025, 10:36:40 PM