白糸馨月

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お題『海へ』

「もし私が死んだら、骨は海にまいて欲しいの」
 そう昔付き合っていた、今は亡き彼女に言われた。彼女は体が弱く、病と闘ってたんだけど結局帰らぬ人になってしまった。
 体が弱くても僕はずっと彼女のことが好きで、やっと付き合えて半年経つか経たないかの出来事だった。
 彼女の意向でお骨は僕に託されたので家にあるけど、十年経った今でも僕はまだ彼女との約束を果たせていない。
 それだけ彼女を忘れられないし、なによりまた大切な人を亡くしてしまうのが怖い。
 最近、僕に告白してきた女性がいた。「忘れられない人がいる」「喪うのは怖いんだ」と断ったけど、女性は
「私はその貴方の大切な人を超えられないかもしれないけど、貴方よりも一日でも長く生きると約束したら付き合ってくれますか?」
 と言っている。返事は保留だ。
 僕もそろそろ前を向かなくてはいけないのだと思う。

 今、海が見える丘の上に立って、僕は彼女のお骨を抱えている。
「十年、とどまらせてしまったね」
 これは僕のエゴだ。彼女を忘れたくなくて、はなれたくなくてずっとそばに置いておいたんだ。
 僕は砕いたお骨の粉を手に取り、それを開くと風に舞って彼女の一部が海に向かって飛んでいった。まるで意思を持っているかのようだった。
 また彼女の一部を手にとっては風に手伝ってもらって海に運んで、を繰り返す。
 最後の一握まで終えると、いよいよ彼女があの世に行ってしまったのではないかと思えて僕はその場に膝をついた。本当に彼女がいなくなったと思え、僕は襲い来る喪失感から一人体を震わせて、涙がこぼれるのをおさえられなくなった。

8/24/2024, 2:16:20 AM