足駄

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例えるなら、水滴。
シンクに一粒、所在なさげに揺れる雫。微風にすら全身を震わせるその姿が寂しげで、かわいそうになる。
蛇口を捻れば、少し耳障りな錆の噛みあう音と共に流水が勢いよく解き放たれて、渾然一体。雫は押し流されたのか溶け合ったのか、なんだかよくわからなくなった。
色さえついていればな、と思う。そうすれば、水滴は大海の中で緩やかに解けて、馴染んで、自分という個を仄かに色づいた全を持って証明するのに。

例えるなら、色のない人だった。
無地の服ばかり着るような人だった。
眉を下げて笑う人だった。
いつも私の提案を待っている人だった。
真っ先に口から「ごめん」とこぼれる人だった。
私に何にも残してくれない人だった。
それだけ。
全部涙と一緒にほどけて、もう、よくわからない。


お題:「透明」

5/22/2024, 7:57:34 AM