茜屋 葵

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お題『大切なもの』

︎ 愛らしい少女がクマのぬいぐるみを抱えて笑う。つぶらな瞳をしきりに輝かせて、無邪気に頬を緩ませる。時折その頬をぬいぐるみに押し付け、柔らかさを堪能しようとする姿があまりにも可愛らしい。何枚ものフィルムにそれらを焼き付けて、記録として残す。少女の写真でいっぱいに詰まったアルバムは既に五冊を超えていた。そこから数枚だけ写真を抜き出し、表情を曇らせている妻を抱きしめる。
「大丈夫だよ」
︎ 肩を震わせる彼女の背を優しく撫でる。しかし震えは増すばかりで、数分経つ頃には泣き出してしまった。こんなに泣き虫だと困るなぁと僕が笑うと、小ぶりな頭をぐりぐりと押し付けてくる。
「……絶対に、生きて帰ってきてね」
︎ 彼女の弱々しい声に、僕まで瞳が潤んでしまう。当たり前じゃないかと虚勢を張って笑い飛ばせば、おもいきり脛を蹴られた。素直じゃない。でもそこが愛おしい。
︎ 涙が落ち着いたらしい彼女がゆっくりと僕から離れ、軍服の襟を直す。その寂しそうな顔を見かねて僕は彼女の頬にささやかな口づけを贈った。
︎ すると彼女は、少女とそっくりな表情で笑った。
︎ てっきり怒られるかと思ったのに、不覚だった。我慢していた涙腺が決壊しそうになり、それを誤魔化すように軍帽の鍔を引き下げる。
「かならず帰ってくるよ」
︎ 大切な、家族のもとへ。

4/2/2023, 12:16:47 PM