【お題:向かい合わせ 20240825】
よくある『恋のお呪い』と言うやつで、満月の晩の午前零時丁度、合わせ鏡に映った蝋燭の火を同時に吹き消すと魔女の使い魔が現れる。
現れた使い魔にジンジャークッキーを3枚与えると、好きな人との未来を教えてくれると言う、そんな出処の不確かな話。
けれど、『呪い(まじない)』と言われるものは良くも悪くも人の口に上り、それが恋愛に絡むもので思春期の女子の耳に入れば試してみたくなるのも当然の流れ。
クラスの女子の半数近くが試している現状で、やらないでいるのは良い選択とは言えない。
そして実はちょっと興味もある。
恋とかお呪いとか、そういうのでは無く、『魔女の使い魔』こちらの方に。
学校の友達に言えていないが、小学校高学年の頃からハマっているものがある。
かれこれ5年以上になるのだが、俗に言う、異世界モノという漫画にどっぷりとハマってるのだ。
これは両親の影響が大きく、家の部屋ふたつまるまる漫画本が並んでいるどころか、廊下にも本棚があり、最近では客間にも本棚が設置されたほど、父親も母親も漫画や小説などが大好きなのだ。
最近の風潮に合わせデジタル化すれば家が本に占拠されることは無いのだが、そこは両親のこだわりで紙媒体が良いらしい。
ただ紙媒体で手に入らないものなどは、電子化されたものを買うこともある。
そんな漫画喫茶のような環境にいれば漫画を読むのは自然なことで、アイドルを好きになるのと同じように特定のキャラクターに思い入れることもあった。
でもそれも中学生位までの話で、高校に入ってからは周囲に合わせアイドルや俳優、アーティストなど一般と言われる程度の知識は身につけ、仲間はずれにされない為の努力に時間を費やしていた。
けれども漫画ほどに興味を唆られる人物を見つけることは難しく、周りに置いていかれないよう、外れることがないようにするだけの行為は少しずつ、心に疲労を蓄積させていた。
そんな所に囁かれ始めた『恋のお呪い』。
そこに『魔女の使い魔』というキーワードが含まれていたのだから、興味を持たないでいることが出来るはずはなく、この三ヶ月間ネット等でも情報を収集して準備してきた。
調べてみると噂で流れているものには幾つかパターンがある。
恐らく人から人へ伝わるうちに変わってしまったのだろうと推察できる。
ということは、逆を辿ればホンモノになるのではと考えてしまった。
そこで調べ考え、分からない所は直感で導き出した答えが、今、目の前にある。
「えーと、3面鏡をふたつ、ロウソクを6本、月の水で浄化した水晶の欠片を5個、それと魔法陣の描かれた紙とジンジャークッキーにシナモン抜きのアップルパイ⋯⋯と」
魔法陣と言うか、良くある図形の組み合わせが描かれた少し大きめの紙。
描かれているのは、二重の円に接するように六角形、更にその内側に接するようにもう一度六角形、というように全部で六角形が4つ描かれ、いちばん小さい六角形の内側に五芒星という形。
その紙を窓辺の床に広げ、外側の六角形の辺に沿うように三面鏡をふたつ、向かい合わせに置く。
次に100円ショップで購入した小さな陶器の器に、厚めの両面テープを貼ってロウソクを立てる。
魔法陣に直接立てる事も考えたが、ここは部屋の中、ロウソクが倒れて火事にでもなったら大変、家は燃えやすい本がいっぱいなので、安全策をとることにした。
強力な両面テープを使う事で、ロウソクが倒れる心配もないだろう。
ロウソクを立てた器を一番小さい六角形の頂点部分に置き、五芒星の頂点に水晶を配置する。
「で、クッキーを真ん中に置いて、完成〜♪」
なかなか儀式っぽい感じに出来上がった。
カーテンは全開、窓も全開、月は綺麗な満月。
時間は午後11時55分、予定時刻まで後ちょっと。
大切なのはここから。
午前零時丁度に、蝋燭の火を6本同時に吹き消さなければならない。
チャンスは一度、これに失敗したら次の満月まで待たなければならない。
スマホを取り出して、『117』に接続、スピーカーに切り替えると音声は11時57分を告げた。
6本の蝋燭に火を灯し、その瞬間を待つ。
このために、蝋燭6本を同時に消す練習を何度もしてきた。
「ふぅ、⋯⋯緊張する⋯⋯」
頭の片隅では、ただの噂だし、本気で使い魔が来るはずないし、とか考えているけれど、何事もやってみなくては分からない。
それに、このドキドキ感が堪らなく楽しいと思ってしまうのは何故なのか。
時報の音声が11時59分30秒を告げると同時に深呼吸をひとつ。
『ピ、ピ、ピ、ポーン。ピ、ピ⋯⋯』
蝋燭の灯りが消えた室内には、青白い月明かりが差し込んでいる。
床に敷かれた紙の上、綺麗に並べられた鏡と蝋燭、そして水晶の欠片、それから⋯⋯⋯⋯。
「昨日の夜、何してたの?」
「うん?」
「何か話し声が聞こえてたけど、友達と電話でもしてたの?」
わかめと豆腐、それから長ネギが入ったお味噌汁をコクリと飲み込む。
出汁の香りが鼻をぬけて、味に深みを感じさせる。
「あー、うん。ちょっと数学で分からない所があったから、教えて貰ってた。煩かった?」
「そんな事はないけど、珍しいと思って」
「ん、そう?」
「まぁ、勉強も程々にね」
「はーい。ご馳走様でした」
いつもよりも少し早い鼓動を誤魔化すように、努めて明るく返事を返して、洗面所へと向かう。
自分の歯ブラシに歯磨き粉をつけて、口に加える。
昨夜のことを思い出すと、キュッと眉間にシワが寄るのがわかる。
ほんのちょっとした興味本位、色々と調べて考察して組み立てたものを検証したい、とか思ったのはそういう性格だから。
「⋯⋯⋯⋯」
上を向いたり、下を向いたり、首を右に曲げて、左に曲げて、また上を向いたり下を向いたり。
その間、歯ブラシはビィィィと小さな音を立てて、細かい振動を繰り返している。
暫くして口の中のものを吐き出し、軽く水でゆすいで口元の水分をタオルで拭き取る。
「はぁぁ、どうしよう」
廊下に顔を出し、階段の上を覗き込む。
無論そこから見たいものが見える訳では無いのだが、何となく見てしまうのは気がかりだから。
ヘアーアイロンで前髪を真っ直ぐに伸ばしながら、ため息をもうひとつ。
こうなったら、腹を括るしかない。
うじうじ考えていてもどうしようもない、世の中なるようになるものだ。
前髪をバッチリと決めて、2階の自分の部屋を目指す。
深呼吸をひとつして、勢いよくドアを開ける。
「にゃーん」
ベッドの上で寛いでいた黒猫は、部屋の主を視界に収めると可愛らしく一声鳴いた。
「お、おはよう」
金と緑の瞳にじっと見つめられ、ヒュっと短く息を吸い込む。
「わ、私これから学校なんだ。行ってくるから大人しくしててね?」
「にゃっ」
わかったとでも言うように、猫は短く鳴き声をあげた。
鞄を持って、スマホも持って、忘れ物がないのを確認しもう一度ベッドに視線をやると、黒猫はくるりと丸くなって既に寝入っている。
そっと部屋から出て、ドアを閉めて、階段を降りてキッチンに入ってお弁当を持って玄関へ。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
母親の見送りの声を背中に貰って、玄関のドアを開ける。
今日もいい天気だ。
「皆に何て言おう⋯⋯」
何も起きなかった、そう言うのが一番波風立たないだろう。
それに、確証がある訳では無いのだし。
昨夜、蝋燭が消えた直後、部屋の中に黒猫がいた。
事実はこれ。
問題はこの黒猫がどこから来たのか、なのだが、儀式のために窓を全開にしていたので普通に黒猫が部屋に迷いこんできたとも言えるわけで。
「リボンしてたしなぁ」
首には青いリボンが結ばれていたし、怖がることなく擦り寄ってきた。
「でもジンジャークッキーなくなってたし⋯⋯うーん」
取り敢えず、窓を少し開けてきたので、何処かの家の飼い猫だったら自分から出ていくだろう。
それに部屋には食べ物も飲み物もないから、お腹が空けばきっと出ていくはず。
「うん、うん、帰ったら居なくなってる確率高いよね。まだ居たらその時考えよう」
問題の先延ばしでしかないけれど、今はそれでいい事にしよう。
学生の本分は勉強だ、今は勉強に集中しないといけない。
駅に向かって走りながら、『そういえばアップルパイどうしたっけ?』と昨夜と今朝の記憶を探るが一向に思い出せず、少しだけモヤモヤした気分になったが、それも友達に会うまでの間だけだった。
「にゃ」
ペロリと舌で前足を舐め、くしくしと顔を洗ってソファの上で寛ぐ黒猫は、あの少女が帰ってきて己の姿を見つけた時にどんな顔をするのか想像して、少し楽しげに短く鳴いた。
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(´-ι_-`) 短く纏めるって難しい( ˘•ω•˘ )
8/26/2024, 7:32:59 AM