鶴森はり

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お題【月に願いを】

「なにしてるの?」
「お願いしてるのよ」
 おかあさまったら、今日も夜空にお祈りしてる。ちっともわたしを見てくださらない。うんともすんとも言わない、ただの白いつぶつぶのある黒に何があるの。そんなのことより私とお喋りしてくださったらいいのに。
 私は熱でぼやける視界にむっとして、顔を背ける。ふかふかのベッドの中で、布団を頭までかぶった。まっくらで空みたいできもちわるいけど、おかあさまよりましだわ。
 腫れて痛む喉を無視して、とげとげしく文句をぶつけた。
「星に願ったって叶わないわ」
「あら、この子ったら。星になんか願わないわ」
 くすくすと楽しげに笑ったおかあさまが、動く気配がする。布団ごしに優しく頭を撫でられて、ますます嫌なきもちになった。
 子供扱いはきらい。病院で泣いたら「子供じゃないでしょ」ってなだめるくせに。つごうがいいんだから。これだから大人ってきらいなの。
「お月さまに願ったのよ」
「……月?」
 聞いたこともない、思ってもいない返事にわたしは、まぬけに聞き返した。星にお願いごとは絵本で読んだけれど月というのは初めて聞いた。でもどっちにしたって。
「お月さまだって叶えてくれないわ。ほら、わたしは変わってないもの。お熱だってひいてくれない、自由にそとへもいけない。なぁんにもできないもの」
「お月さまはね、不思議な力があるの」
 おかあさま、やっぱり聞いてない。いつもそう、へんな人たちの話はすなおにうんうんと頷いて、涙流しながら聞くくせに。わたしの話になんか興味がないみたい。
「お月さまはね、魔力の塊で、光を浴び続ければ万病が治るの」
「なおらないよ」
「治るわ、なんてこというの? あの方のことが信じられないの」
 あの方というのは誰だかしらない。なんだか偉そうなひとが一度来たけど、そのひとかしら。
 おかあさまが布団をうばった。わたしの腕をつかむ手は冷たくてきもちがいいのに、むねは押しつぶされるようにいたい。
「おかあさま」
「さぁお月さまにお願いしたから。もう大丈夫よ、お外で光を浴びましょう」
「おかあさまうごけないわ」
「さぁさぁこのカーディガンを羽織って」
「おかあさまのどがかわいたわ」
「さぁ」
 おかあさま。
 わたしのこえはとどかない。よたよた、おかあさまのあとをついていけば庭に出る。今日初めて見上げた、くらい、くらい、そら。わたしのむねを押しつぶそうとせまってくる。
 ねぇおかあさま。
「ほら、もう大丈夫よ」
 ――おつきさまなんて、どこにもないよ。
 星すらない、まっくろなおそらを見上げるおかあさまは、幸せそうに笑った。わらった、きがした。くらくて、みえやしない。

5/26/2023, 11:41:19 AM