真昼の夢
「バカにしか見えんやろ?」
そう言って、彼女は笑った。
缶ジュースのプルタブを開ける音が、セミの声と重なって空に吸い込まれる。
「そらぁ授業中起きてるのが珍しいようなやつ、頭良くはみえんやろ」
彼女がふと、空を見上げた。
「夏の始まりを伝えるために泣いてるセミはだいたい最初に終わる。なーんか切ないよね」
ふざけたことばかり言うくせに、ときどき急に、心の奥をさらっと出してくる。
でもそれは誰にでも見せるわけじゃない。
「どうせ中身なんか見とらんとよ、みんな。バカっぽくしとったほうが楽やし、みんな気軽に話してくれる」
そう言って空き缶をポイッと投げたら、ごみ箱にストンと入る。命中率100%。
それすら誰も気づかない。
「たまに夢みたくなるとよ。真昼やのに、誰も目を開けて見ようとせんけん。でもね〜ちゃんと見られたら、ちょっと怖くなったりもするんやけどね」
「でもまあ、見透かされたい気持ちもちょびっとあるっちゃある」まるで独り言みたいに呟いた。
彼女がほんとに好きになるのは、
細い目の一重の人。
「なんかね、目で全部語らん人が好きっちゃん」
「セミは目がグリグリしとる。見透かされそうで怖いけん嫌い」
ギョロッとしてるより、ひっそり光ってる目の人が好きなんだ。
彼女の話すその横顔が、なぜだかとても真剣に見えた。
だから、ぼくは言った。
「どんな目でもお前のことわかってないやつが、分かろうとせん奴が、いちばんばかやん」
彼女は一瞬だけ驚いた顔をして、それから、
さっきのセミよりも静かな声で笑った。
「……おまえ、目ちっちゃいもんな。ギリ合格や」
そして、また空を見上げる。
セミの声は止まない。
夏の午後。コンクリの階段。熱気が肌に貼りつく。
目をこらせば、電線にとまったセミが見える。うるさく鳴き喚いてるてるけど、あいつはこの夏でいちばん最初に死ぬセミになる。
たぶんこの声の中にも、もうすぐ死ぬやつがいる。
けど彼女は、それを知っていて、それでもこの夏が好きなんだと思う。
7/17/2025, 4:47:35 AM