飯井 さけ

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九月、彼はいつもの場所に現れなくなった。

最後に会ったのは八月だ。
私は彼から借りていた本を返して、また新しい本を借りた。読んだ感想をたくさん話して、お礼を言ってその日は解散になった。
「また、いつか」
私は彼が言ったその言葉を、未だにはっきりと覚えている。いつも通り住宅街にある階段に腰掛けて、風に黒い髪をなびかせながら、私に手を振っていた。私は笑って手を振り返して、そのまま家へ帰った。

今思えば、あの日だけだった。
いつもは別れの際「また、来月」と言ってくれていた。なのにあの日だけは「また、いつか」だった。
引越しとか、仕事の都合とか、何か事情があったのかもしれない。と、当時相談した母からは言われた。でも、私は何故かそう思えなかった。

最後に会った日から十年。彼が本当に存在していたのか、実は夢を見ていたのではないかと思い始めるほど、私は所々の記憶が薄れてきていた。しかし、彼から借りている本を見て、表紙を触ると、そこには存在感があり、あの時の私と彼との繋がりは実際にあった出来事だと強く認識するのだった。



【君と最後に会った日】フィクション作品 #1

6/27/2023, 4:15:46 AM